56歳が、プロ36年のプライドをかなぐり捨てた。運動場に降り立つなり、元気な声を校舎に響かす。「さあ、勝負だぞ!」。子どもたちを相手に真剣そのもの。南国土佐は、ひと足早い春の陽気に吹き出す汗を、拭くのも忘れて子どもたちと向き合った。
「これを機に、ゴルフの裾野を広げたい」。校庭に、ベテランの熱い思いがほとばしる。
毎年11月に行われている、ジャパンゴルフツアーの「カシオワールドオープン」が、06年から始めたオフの恒例行事だ。スナッグゴルフのチャリティ寄贈式。主催者が、大会を通じて集まったチャリティ金で購入した“コーチングセット”を、大会の地元・高知県の小学校に贈り続けて早7年。09年からは、毎年1人のプロが訪れ、子どもたちと触れ合いの時間を作ってきた。
3月8日のこの日金曜日に、今年の寄贈先の一校でもある香南市立佐古小学校に駆けつけたのは、ジョー尾崎こと尾崎直道。
「僕の生まれ故郷はそこの室戸岬をずーっと行ってね・・・」。大会主催のカシオ計算機のゆかりの地と隣県でもある徳島は県境にある宍喰町で、ゴルフと出会った。偉大な兄2人の背中を追い続けてきた。
「ジャンボとジェット」。ゴルフ界が誇る3兄弟の末弟は親御さん世代なら、言わずもがなのスター選手も“藍ちゃん”“遼くん”世代には、通用しない。
「僕ら3兄弟も昔は凄かったんだけど・・・。みんなは知らないよね」と、まずは子ども目線で自己紹介。
「僕と、兄貴2人で合わせて141勝してるんだ。遼くんも凄いけど、さすがに僕らに及ばない!」と、シニアの雄は胸を張り、子どもたちを感心させた。
プロ野球選手としても超一級だった兄2人。それに比べて、体格も小柄な自分は「かなわないと思った。でもゴルフなら、僕にもどうにかやれると思った」と、中学卒業と同時にプロを目指した。以来2度の賞金王、ツアーは通算32勝。いまは史上6人しかいない永久シード選手の1人は、昨年のシニアツアーでもまた賞金王までのぼり詰め、栄華をきわめて今思う。
「今の自分があるのはゴルフのおかげ。ゴルフを続けてきて本当に良かった、と。ゴルフって、本当に素晴らしいスポーツなんだ、と」。
ゴルフの良さを、子どもたちにも伝えたい。「そして、この中からプロになる子が出てきてくれたら」。そう思えばこそ寄贈式のあとの、スナッグゴルフ講習会でも気合いが入る。
子どもたちを相手に本気で笑った。
「いいぞ!」「うまいっ!」「センスある!」「・・・そのアドレス、カッコいいじゃ〜ん!」。
手取り足取り本気の指導は、ナイスショットした子も本気で褒めた。
講習会の最後は、一対一の勝負も本気になった。
しかし力及ばず、4年1組の岡村龍太くんに、2打差で敗れて負け惜しみ。
「砂のグラウンドは、ミスしても意外に転がる。彼は結果オーライ。やっぱりゴルフは芝生でないと・・・!!」。
どんな相手であれ、負けて本気で悔しがることも対戦者への礼儀である。
「ゴルフで学べるのは技術だけではなくて、その後の人生にも生きることが、たくさんある」と、直道は言う。
マナーや他者への配慮といったこともそう。
77年のデビュー当時には、先輩プロからうるさいくらいに言われた。日々の挨拶や礼儀のこと。「当時は面倒だなあと思ったけれど。僕が(93年から)9年間も米ツアーで頑張れたのも、先輩たちの教えがあったからだと今は感謝している」。
それと、何よりゴルフの精神。それを伝えるためにベテランは、恥を忍んであえて、自らの失敗談を子どもたちに話した。昨年の開幕戦のことだ。例のマウスピース事件。
「これをしてスイングすると、飛距離が伸びる」と屈託なく周囲に話したところ、それはルール規則に抵触する可能性があると知らされた。自ら競技委員に申し出て、改めて真偽を問われた際にも、歯の治療のためなどと言い逃れをすることも出来たが直道が当然、それをよしとするはずもなかった。
「僕は正直に言ったんです。それで失格になったけど、あとの悔しさは一切なし。むしろ心は晴れ晴れしていた」。
ゴルフは自らが審判員である。そのことを、身をもって子供たちに伝えた。それまでは賑やかにしていた子どもたちが、このときばかりはシン・・・と静まりかえって真剣に耳を傾けてくれたことが、直道には嬉しかった。
昨年大会では郊外学習の一環として、直道も1勝の経験がある「カシオワールドオープン」を観戦してくれたという佐古小学校のみんな。「あのときも、子どもたちはしきりに楽しかったと言っていました」と振り返った平石誠・校長先生に、ジョー尾崎が食い下がる。
「先生! 春からのクラブ活動に、スナッグゴルフを取り入れてくれますね?!」と、校長室で問いただす。
「ゴルフを通じて学べることは、無限にある」と、直道は訴えた。
「これを機会にゴルフの楽しさを知って、打ち込む子が増えてくれたら」と、ジョーは本気で願っている。
「今日は、尾崎選手に教えてもらって楽しかった」「これからも、続けたい!」と口々に言う子どもたちの無邪気な声に、ジョーの眉尻も自然と下がる。
これまでに、県内28校への寄贈が済んだが「これで終わったらだめだよね。しばらくたって、また小学校を訪ねて本当に道具を使ってくれているか。良い指導者はいてくれるのか。そのあとのフォローも非常に大事なこと。校長先生も頑張って、子どもたちに指導してやってください!」。
尽きせぬジョーの情熱に、平石校長先生も気圧されたようにうなずいていた。