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昨年覇者登場 「クラウンズの思い出リレー」第3話は宮本勝昌
緊迫の場面で、遠竹則子・ハウスキャディは「まっすぐ打てば入ります」と、断言。
カップまで、10メートルはあった。
しかも傾斜、ライン共に複雑怪奇なスネークライン。
それでも明快に、前向きさをやめないキャディの言葉に宮本は、思わず笑った。
笑いながら”ままよ”と打った。
その夜。勝利の晩餐は、静岡県御殿場市の自宅に帰る途中で家族と立ち寄った、ドライブスルーのファストフードだ。
食べ盛りの息子2人もとにかくお腹を空かせて、テイクアウトをしようとなった。
みんなでハンバーガーを頬張りながら、激動の1日を振り返る車内は興奮冷めやらず。
助手席の「朋美ママ」も、いつになくお喋りだった。
1差2位から出たその日。
スタートの1番で、いきなりバンカー目玉のダブルボギーを打ったパパ。
ギャラリーの大きなため息に交じって聞こえた「宮本は今日はねーな」の声。
奈良県出身の朋美ママは、ロープ際で思わず「(嫁がここにいてますねん!)」と、心で関西弁のツッコミを入れたそうだ。
そんな家族の”場外ハプニング”をよそに、本人はいたって冷静だった。
「なんせ私のゴルフ人生で、もっとも勝てない試合のひとつが『中日クラウンズ』でしたので」。
錚々たる歴代覇者は、ショットメーカーと小技の達人ばかり。
「僕のような選手はとうてい太刀打ちできない。ずっとそう思い続けてきました」と言ったとおりに過去22回の出場で、トップ10入りは13年の9位のみ。
コースに魔物が棲むという。
スタートホールの洗礼も、それこそ和合の恐ろしさ。
一度、V争いから転落したが、歯向かう気などさらさらなかった。
それだけに、ずっと不思議で仕方なかった。
「去年はなんで勝てたのか?」。
18番の長いバーディパットが最後のひと転がりでポトリ、とカップに落ちたとき。
昭和のお祭り男はガッツポーズをするのも忘れて唖然としていた。
めぐり合わせもこの上なかった。
最愛の家族と共に、チームの面々が最終ホールに勢ぞろい。
昨年大会は、師匠の芹澤信雄が自身7年ぶりの予選通過を果たして兄弟子の藤田寛之らと迎えてくれた。
「チームがあれだけ揃うこともまずない。本当に泣きそうでした。昨年は、実力以上に運がまさった。それに尽きます。見えない何かが働いた。いま、思い出しても夢を見ているような気がします」。
改元直後に行われた記念の60回大会。令和最初の男は昨年の感動を、改めてしみじみと振り返った。
今年は、史上初の開催中止となった。
宮本自身、一昨年に、細菌の感染で発症する神経の病いで完治にひと月もかかった経験を持つ。
賞金シード落ちを喫した悔しいシーズンからみごとに復活して言えることは、「病気にならない、ケガをしない。心掛けるのはもちろんだけど、どんなに注意をしていても、かかるときにはかかってしまう。それでも大切なのは、できるかぎりの予防につとめて感染の確率を、1%でも減らす努力を続けていくこと」。
とにかく今は、みんなで協力してなるだけ自宅で過ごすこと。
クラウンズのない連休なかびに、昨年覇者は恩人らを思う。
自身2年ぶりのツアー通算12勝目を、最後までぐいぐいと引っ張り続けてくれた遠竹キャディ。
そして、和合コースの方々も。
「みなさん、ご無事かなあ…。お元気かな? どうかお元気でいて欲しい……」。
新たな勝者を生まない和合の黄金週間が、静かに過ぎていく。
※CBCテレビ(東海地区)では、5月3日(日)午後4時から「クラウンズスペシャル〜取り戻そう!みんなの笑顔を」を放送します。放送が見られない方は、動画・情報配信サービス「Locipo(ロキポ)」で5月3日(日)午後5時から無料配信します。
昭和のパパが、令和最初の男に