Tournament article
TOSHIN GOLF TOURNAMENT IN Lake Wood 2011
ドンファンがツアー通算2勝目
響き渡った雄叫びも、「本当は、もっと大きな声で叫びたかった。それくらいに嬉しかった」と、2年分の喜びを爆発させた。
今年1月までかかった2年と1ヶ月の兵役の任務は、「人生で一番大きな宿題を終えた」と勇んで日本ツアーに舞い戻った。復帰から、わずか半年で達成したまさに復活Vだ。
2打差の首位からスタートした最終日はしかし、あとで戦いを振り返った際にグリップを模した両手をガタガタさせて、「スーパーカメラで見たら、手がこんなになってた思う」。プレッシャーで震えていた。特に同組の飛ばし屋、津曲泰弦の存在に怯えた。「津曲さんは、短いクラブでチャンスにつけてくる」。ハイスコアの競り合いも、14番のボギーでついに並ばれたが「それでかえって集中出来た。これからが勝負」と、奮い立たせた。17番は相手のミスで、再び1打リードで逃げ切った。
2008年の12月から任務についた空軍では、「毎日、球が打てたわけじゃない。やりたいことも出来ない」。携帯電話も禁止。友人はおろか、家族とも自由に話せない。厳しい訓練に、我慢を覚えた。
「このまま勝てなくなるかもしれない」。不安と焦りは6週に一度の外泊で、3泊4日の里帰りをくつろぐ暇も惜しんで、毎回8ラウンドをこなして穴埋めとした。
それでも、長く実践を離れた分だけ取り返すまで手こずった。復帰第1戦の今季開幕戦も、ツアーはすっかりと様変わりをしていて戸惑った。2006年の来日には初々しかった19歳の新人も、留守の間に次々と韓国の若手が台頭して、「いつのまにか僕も先輩になっていた」。
それまで4年間を戦って、慣れ親しんでいたはずのコースもよそ行きの顔をしていた。特にツアーの高速グリーンは、その週4日で8度の3パットに、改めて二度と勝てない気がしたものだ。
やっと勘を取り戻し始めたのは7月。今季自己ベストの4位タイにつけたセガサミーカップが転機となった。決勝の2日間で回ったのはひとつ上の先輩。ドンファンがいない間に韓国勢として、初の賞金王に輝いた金庚泰(キムキョンテ)のゴルフに開眼した。
「キョンテさんは、短い番手で打つときもピンを狙っていない」。
無理に攻めて自滅するより「成功の確率を上げるゴルフを心がけているんだ」と、分かった。「勝つためにはそういうゴルフが必要なんだ、と」。
今年第2回の今大会は初出場にも、休養とリフレッシュを優先。あえて練習ラウンドをしないでぶっつけ本番を決めた今週も、4日間でイーグル1とバーディ20個に対して、ボギーはたった2つという安定ぶりが、賞金王のゴルフと重なる。
もっとも、来季の米ツアー参戦を目指している金に対して、ドンファンはまだ慎重だ。「いつかは行きたい。でも今じゃない」。一度、Qスクールに挑戦してレベルの高さを痛感したのもあるが、「行ってダメでした、しょうがないから帰ってきました・・・。そういうことはしたくない。日本は僕を助けてくれたツアーだから」と、義理堅い。
2008年は、兵役に就く直前のツアー最終戦。会場で「2011年にまた! 感謝をこめて―どんふぁん」とのメッセージを入れたボールを配って報道陣を喜ばせた。
そして舞い戻った今季の開幕戦では「兵役を終え戻りました! よろしくお願いします! どんふぁん」。
外国人選手ながら他の選手にも、関係者にもファンが多いのは、そんな律儀さと人なつこさがあるからだ。
デビュー当時から、大リーグの松阪大輔さん似と評判の満面の笑顔から、デッカイ目標も飛び出した。「まずは日本で頑張って、キョンテさんの次になれればいい」。復帰後の初Vを契機に第二の故郷で次に目指すは自身初の賞金王獲りだ。