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〜全英への道〜 ミズノオープン 2017
破格の飛ばし屋がたった1週間でつかんだ悲願の初Vと、2枚のメジャー切符
激動の1週間を、人生初のウィニングパットで締めて「今週月曜には、こんな日が来るなど思いもしない」。
プレーオフも含めて1日37ホールを戦い全米オープンの出場権を獲得したのは22日。
そして日曜日の初優勝には、全英オープンの権利までついてきた。
「信じられない」。大きな手で何度も涙をぬぐった。
「とても幸せです」。大きな体も有り余るほどの喜びで満たした。
2位に3打差の単独首位に立った3日目。「プレッシャーで、昨日の夜は眠れなかった」とは言ってもよくよく考えたら「10時に寝て、何度か目が覚めても6時間ほど。けっこう寝てる」と、赤い目をして照れ笑い。
自身初の最終日最終組も、身長188センチと体重108キロの体で飛ばしに飛ばし、伸ばしに伸ばした。「大きなアドバンテージ」と自負する世界基準の飛距離に加えて初日の後半から、急にクロスハンドで握ったパットはこの日も冴えまくった。
難易度2位の13番では8メートルをねじ込み、その時点で7打差つけた。16番では7メートル超を決めても「僕は何差あっても頼りない」と、本人は最後までこわごわでも勝負は決まったようなものだった。
2歳でハワイに渡り、12歳でゴルフに目覚めた。17歳で渡米。名門アリゾナ州立大で腕を磨いた。
「ジュニア時代はもっと飛んだ」。
2014年に腰の大手術をして少し飛距離が落ちたといっても、昨季1位のドライビングディスタンスは歴代最長の311.29ヤードを記録。
昨季米1位のダスティン・ジョンソンの記録は312ヤードというから世界基準と比べても、何の遜色もない。
今季もまたトップを独走中で、先週までの記録はぶっちぎりの平均325.19ヤード。破格の飛ばし屋がシード3年目の日本で、いよいよ本領を発揮した。
2010年のプロ転向後はカナダや欧州、アジアで戦い、日本ツアーは14年に3度目のQT参戦でランク1位に。来日を決めたのは、元師匠のアドバイスがあったから。
15歳から2年ほど師事した。デービッド・イシイは87年の日本ツアーで外国人選手として初の賞金王に輝いたハワイの英雄だ。
前に「プロでやるなら日本がいいよ」と言われていたのを思い出して良かった。
この1週間で、いっぺんに初優勝とメジャー切符を2枚も得ればこちらのほうも、師匠の言ったとおりにしておけば良かった?!
昨年11月に8年ぶりに、チャンが出向いたシニアツアーの会場で、再会を果たした際にイシイは、まだ日本語が話せないチャンを叱って「話せるようになるための方法は2つ。日本人と食事に行くこと。そして日本人のカノジョを作ること」と、こればっかりは、師匠のいうことを聞くに聞けない事情もあり、初の優勝スピーチでは恐縮しきりだ。
「日本語で、お話しできなくてスミマセン!」。
次の2勝目は必ずと、と約束した。
通訳を介したスピーチでも、「日本人でもない僕にまで、暖かい声援を下さってありがとう」と、精一杯の心をこめた。
「日本で初優勝が出来て本当に良かった」と、涙ながらに感謝した。
あのときイシイは言っていた。「日本で勝てれば、どこでも勝てると自信を持っていい」と。目標は、もちろんいつか母国アメリカで優勝すること。あの師匠の言葉もいつか必ず実証してみたい。