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東建ホームメイトカップ 2018
最終日こそ、10万馬力・・・・・・?!
自身4度目の最終日最終組は「永久シード選手のシンゴさんと、一時代を築いた遼と。2人と回って勝てたのは、死ぬまで自慢できる」と、アトムのポーズでビシっと決めた。
夢にまで見た恍惚のシーンも実現させた。パパの勇姿を一目見ようと地元・熊本駅から6時1分始発の新幹線で駆けつけた。5歳の長女・亜子ちゃんと、2歳の次女、夢芽ちゃん。「勝って、グリーンで子どもを抱くのが夢だった」。パパのひょろりと痩身に、むしゃぶりつく我が子2人を夢中になって抱きとめた。
あれからちょうど2年の国内開幕戦で、亜斗夢が悲願のツアー初優勝を飾った。
「でっかい夢を持ち、北斗七星のように、アジアで一番輝け」との願いをこめて、レッスンプロの父親がつけてくれた名前。
小さい頃は、人前で呼ばれるのが嫌だった。「でも今は、すぐに覚えてもらえるし、得してると思う」。
3年前に手塚プロのライセンス承認を受けて、ボールやバッグは鉄腕アトムのイラスト入りだ。
本家本元はジェットの限りに空を飛べるが、亜斗夢は時間が許す限りに陸路を選ぶ。
実は飛行機が、めちゃめちゃ怖い。
「ビビりで、気が小さくて、ネガティブの塊」とは妻の和歌子さん。
「ふたこと目には、オレはゴルフに向いていないと。よくもこの仕事が出来てます」。
2年前の今大会初日。4月14日に発生した大地震に、おびえる幼子を抱えて2週間の愛車中泊で、夫の留守を気丈に守った。
遠征先で、崩れ落ちた熊本城のニュースを見て泣いたという夫。
「泣きたいのはこっち」と叱咤した。
家族を心配してすぐにも帰りたがる夫には「ゆっくり寝られるとこはない。飛行機もいつ飛ぶか、新幹線も通るかどうか。それなら義援金にできるくらいのお金を試合で稼いで」と、叱り飛ばした。
食べても食べてもひょろりと太れないのは、難病指定の持病のせいだ。
安倍首相と同じ薬で抑えている。
潰瘍性大腸炎は今朝、緊張のあまりに久しぶりに再発。「スタート前にトイレに駆け込み出し切った」。
いざ4打差の首位から出た最終日は、しかし不思議と腹が据わった。
1打目を、右の池に入れてダブルボギーとした6番から7番、9番のボギーで一気に貯金を吐きだし石川が、1打差に迫った。
「今までだったら順位を見てあといくつ落としたら、トップ10から外れるんだろうと考え、ズルズルと行くところ。今日は、とにかく遼についていこうと思った」。
リードする立場も、追う緊張感を保ち続けた。
10番、16番では石川が、6メートルをねじ込むバーディで、拳を握ったのを横目に「魅せるゴルフは遼に任せた」。
自身はしぶとく寄せワンのパーを拾い、17番では8メートルのイーグルトライも「強気で打てた」。
開幕直前には本来のドローボールと違った球筋が出て悩んでも「今年から、ミスしても腐らない。ニコニコ笑って愚痴らないと決めていた」。
普段から、よく弱音を吐くという夫に和歌子さんは言うそうだ。
「やりたいことを仕事にできてるあなたは幸せ。世の中に、そんな人はひと握り」。
本家本元は、10万馬力。
「僕は・・・出ないですよ。“馬力”ですよ。馬の力。僕は、馬じゃない」。
お茶の水博士が作ったロボットでもない。
人間の亜斗夢は、愛する家族のおかげで強くなれた。
「熊本の人が、どう思っているか分からないけれど、少しでも勇気づけられたら。2年が経って、風化していく時期に勝てたことは僕にとってはいろんな意味で心に残る」と、愛する故郷がゴルフの亜斗夢の底力。
「僕なんかが初優勝するなんて、きっとないと思ってた」と勝ってもやっぱり、ネガティブ亜斗夢。
一度もリードを許さず1打差で、ついに石川を振りちぎって「これで人生が変わる。僕のゴルフ人生に、一生残る」と、嬉々としながら「遼クンに勝ってしまったのはスミマセン!」。
勝って律儀に大観衆に頭を下げた。
早口で「がまだします」と、故郷に贈る言葉も忘れなかった。
ウィニングパットを沈める直前、同組で回った通算32勝の片山が耳元で言った。
「今日は1日、優勝の喜びを噛みしめなさい」。
勝ってすぐ、次の目標なんて急に考えられない。
勝ってすぐ、急には性格も変えられない。
「ネガティブでここまで来れたので。これからもネガティブで行こうと思う」。
今はただ「シンゴさんが言ってくれたとおりに」愛する家族と人生最良の1日を、じっくり噛みしめていようと思う。