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マンシングウェアオープンKSBカップ 2001

「明日から、もうどこにも行かなくて済むね…」

「本当なら、明日は茨城、あさっては岡山…」ディネッシ・チャンドは、出場権を求め奔走した日々に終止符

 1打1打に思いがこもった。
 ここぞ、というショットを打つ前は、必ず空を見上げて「ふう〜」っと大きな、深呼吸をひとつ。
 「昨日今日は、久しぶりの最終組。本当に緊張していた。
 うつむくと、変なことを考えてしまいそうな気がした。
 だから、硬くならないように、上向いて、息吸って、出した瞬間に打つ…。
 昨日から今日、ずっとそうやって打った」

 スタートの1番ティから、緊張で手が震えた。
 「自分のゴルフをすればいい」そう言いきかせても震えは止まらない。
 第1打、渾身の力で振り切ったボールは、フェアウェーど真ん中。
 「そしたらやっと、緊張がどっか行ってくれたよ」
 それから、チャンドの攻撃が始まった。

 どのホールでも、テンションは下がらない。

 弱気になってしまいそうな心を、懸命に奮い立たせるように作るガッツポーズ。
 この日一発目は1番パー5から。
 2メートルのバーディパットを決めて、力強くこぶしを握る。

 2番パー4では、3メートルのパーパット。
 ピンチをしのぐと、そのガッツポーズは、1番よりも、ずっと気持ちがこもった。

 今大会にかけられていた、『バーディ・オブ・ザ・ウィーク賞』。
 その受賞を決定づけた15番パー4。
 3打差で追いすがる伊沢よりも先に、3メートルを決めてこの日最後のバーディを奪うと、腰の下で前後に3回、縦に1回。
 派手にこぶしを振って、勝ちどきを上げたチャンド。

 「今日はほんとうに勝ちたかったから…」と話す瞳が涙で潤む。

 「昨年は、シード落ちして、奥さんにも本当に苦労をかけた。
 子供はどんどん大きくなるのにお金も入らない、ぎりぎりの苦しい生活…。
 でも、僕には、ゴルフしかなかった。ゴルフで活躍するしか道はないと思った。
 この試合が終わったら、明日(21日)は、次のダイヤモンドカップのマンデートーナメントに出るため茨城へ。その翌日(22日)は、6月のミズノオープンの予戦会に出るため、岡山へ飛ぶ予定だった。
 シード落ちして、正直、こんなにつらいことが待っているとは、思ってもみなかった。
 …もう明日から、どこにも行かなくて済むね…」

 18番ホールで駆け寄った愛娘・麗美ちゃんを抱き上げて、「ちょっと、お金持ちになったよ」とおどけてみせたチャンドパパ。
 この優勝で、1年間のシード権も取り戻した。
 今週から、再び“ツアーの顔”として、暴れまくるつもりだ