Tournament article
2002 アジア・ジャパン沖縄オープン 2003
頭の良い選手なら、この方法を思いつくものさ
パーディが、隣のはるかがけ下の、3番ホールのフェアウェーに、ティショットを打ちこんだものだから、そこに居合わせたギャラリーは、それまでリーダーボードのトップタイで来ていた選手が、ひどい大ミスをやらかした…、と思い込んだ。
それでも、そこから9番グリーンまで、残り230ヤードの第2打を4アイアンで、グリーン右の斜面へ。さらに、60ヤードのアプローチをピン奥左カラーの7メートルにつけ、そのバーディパットを決めてしまったパーディが、今度は、被っていた帽子をひらひら振って大喜びしたから、それを目撃した誰もが、「大ピンチから、彼はしぶとくチャンスをもぎ取ったのだ」と、賞賛の大拍手を送ったのだが、当の本人は、「いやあ、あれは、最初の計画どおりだよ」と、いたって涼しい顔。
聞けば、アジアンPGAの選手の中には「他にも数人、このルートを取るものがいる」という。
右は急勾配のガケ、左はOBゾーンが広がり、落としどころが狭い9番ホールは、「まともに打っていくほうが、ボギー、ダブルボギーの危険が極めて高くなる」とパーディ。
「むしろ、3番から狙ったほうが、はるかに2オンのチャンスが増えるんだ。頭の良い選手なら練習ラウンドの段階で、すぐにこの方法を、思いつくものさ…」
そう言ってしまってから、自分の言葉に照れたのかパーディは、ちょっぴり頬を染めて、恥ずかしそうに笑った。
他にも、前半の前半18番パー4で残り91ヤードをサンドウェッジでバックスピンさせチップインイーグルを奪うなど、ド派手な内容の7アンダーは、単独首位発進。
先輩に、現在米ツアーで活躍するジム・ヒューリックがいたアリゾナ大学時代、96年の日米学生対抗で初来日し、MVP選手に輝いた経験もある。
アジアンPGAツアー選手として2度目の来日を果たした今週、まずは日本ツアーで結果を残し、“逆輸入選手”として、再び、母国の米ツアーへと、再挑戦する夢を描いている。