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中嶋常幸がゴルフ伝道師に(7月17日)

過去4度の賞金王。アマ、シニアも合わせて日本と名のつくタイトルは18。プロ通算60勝。ツアーは通算48勝の永久シード選手の輝かしいゴルフ人生は、あまりに多くの犠牲の上にある。

“史上”最年長のゴルフ伝道師が遠い目をして振り返る。「僕は夏休みが大嫌い」とは、これから夏休みを控えた子どもたちにはちょっと、信じがたい。
中学入学と同時に始まった。父・巌氏のスパルタ教育。特に夏休みには、学校という逃げ場をなくして、朝から晩まで打たされた。
「試合に負けると石が増えた」。腰に巻きつけ引かされた。タイヤの上に乗せる“重し”は「その状態で、坂道を何時間も走らされた」。
それほどに血を吐くような思いを繰り返してきたからこそ、幾度も頂点まで上り詰めた大ベテランの言葉は重かった。

今年新規の「ダンロップ・スリクソン福島オープン」の“ホストプロ”。開幕を間近に控えた7月17日に、地元白河市の五箇小学校を訪れ、午前中のスナッグゴルフ講習会では、大会の宣伝大使さながらに、子どもたちと恒例のガチンコ対決で約束をした。

「君たちが勝ったら、出場選手全員のサインパネルをみんなに贈るよ・・・!」。
子どもたちの心をがっしりと鷲掴みにして呼びかけた。「大会ではプロがほんもののゴルフボールを打ちます。迫力のあるショットを是非、見に来てくださいね!」。

冬にはトレーニングをかねたスキー合宿で、必ず訪れる。愛する福島の子たちのために、早朝から車を飛ばして駆けつけた。午後から恒例の「夢を持とう」の講義だが、ではなぜ夢を持つことが大事なのか。
「あんな人になりたいとか、ああいうふうに生きたいとか目標を持つと、一歩踏み出す力が強くなるから」。どうでもいいや、と思うとどうでもいい人生になる。俺なんかどうせ、と思うとどうせ、という人生になる。「同じ生まれてきたからには、良い人生を送りたいと、みんなもそう思うでしょう?」。夢こそ人生を、いっそう豊かなものにしてくれる。

またその課程の中では「努力が大事」というけれど中嶋にとっては、子どもたちに伝えるにはそれだけでは言葉が足りない。「本当はね、努力はし続けることが、一番大事なんだよ。なぜだか分かる?」。人生、思うように生きていくことは困難で、挫折や苦難に満ちている。「その中で、たった1週間や1年やそこら、頑張ったくらいじゃ、思いを達成することは不可能だから。諦めることは簡単だけど、それでは得るものは何もないから」。不屈の精神が、夢を叶える。努力の積み重ねこそが、人を育てる。
「10年、いや20年、30年、40年・・・。死ぬまで一生、努力を続けること。夢を実現し続けるには、それしか方法がないんだよ」。

小学校を対象にスタートした“ゴルフ伝道の旅”としては史上初。今回の講義には、五箇中学の全校生徒も加わって、幅広い年齢層にも出来るだけ分かりやすく、かみ砕いて話した。その工夫を随所にちりばめた珠玉の講義の最後は質問コーナー。
「優勝を決めるパットを打つときは、何を考えますか? 緊張はする?」。中学生からの質問だ。もちろん、緊張はする。プレッシャーで眠れない夜も何度も味わってきた。でも、それを良い集中力に変えてしまえば怖くない。「それに、誰もいない球場で打つのと、満員の球場で打つ満塁逆転ホームラン。君は、どちらにやりがいを感じるか?」。

またこちらはちょっとドキっとする質問。「中嶋プロが、負けたくない選手は誰ですか?」。小学生にして、まさかAONの相関図を知っているのか・・・?!
真っ直ぐな質問には、真っ直ぐに応えた。「尾崎将司という選手には、負けたくはありません」。こいつには敵わないなと思わされ続けた唯一の選手だ。いつも上から目線で悔しいけれど、でもジャンボがいたから頑張ってこられた。「ライバルって必要なんだ。追い越したり、追い越されたりするから、いまの自分が分かったり、ライバルって実は“先生”なんだね」。

無敵の全盛期を経て40代なかばで味わったスランプは、さすがに堪えた。「つらくて、惨めで、何をやってもうまくいかなくて・・・」。そんなとき、余命1年の小学生がテレビに向かって放った言葉が胸を突き刺す。「生きているだけで、素晴らしい」。失敗したって、死ぬわけじゃないのに俺は、と奮い立った。「このスランプを抜けたら新しい自分に出会える。スランプも乗り越えてこそ」と、逆境さえもプラスにとらえてその後47歳で、年間2勝を挙げるのだ。

「自分が重ねてきたそんな努力を本当に理解して、信じてくれる人がそばにいるから頑張れる」。愛妻の律子さん。「あなたには、ずっとゴルフをしていて欲しい」と先日、言われた。「僕を本当に大切に思ってくれていると分かるから。彼女のために、僕はまだまだ頑張れる」。昨年は左ヒザの手術に踏み切り、今はまだ復活途上の59歳が、胸一杯の愛を力にもう一度、ふるい立つ。