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賞金王の料理番。忘れられないオーガスタの晩餐

秋のオーガスタなどんなかな…
4月恒例のマスターズウィークは、新たな勝者を生まないまま過ぎた。恒例のチャンピオンズディナーが行われるはずだった7日の火曜日は、昨年覇者のウッズがせめて自宅でグリーンジャケットを羽織り、家族で食卓を囲む様子をSNSに投稿した。

プロゴルファーにとって、オーガスタで過ごす1週間がどれほどに特別か。言うまでもないが、それは日ごろ選手たちを支える周囲にとっても同様である。
賞金王のキャディとして昨年、初めてかの地を踏んだ柏木一了(かずのり)さんはいう。
「独特の雰囲気、会場に漂う特別感。”パトロン”と呼ばれるギャラリーの拍手と大歓声…。コースに足を踏み入れた瞬間、シビれましたね。実際に行ってみなければ、分からなかった。これが、世界一といわれるフィールドかと。ほかのどこでも味わったことのない高揚感。いま思い出しても震えます」。
ベテランのプロキャディにとっても夢にまで見た大舞台だった。

今平との年齢差は23歳。親子ほどの差があっても柏木さんは、年若の賞金王に敬意を表してけっして呼び捨てにしない。
「僕をあの場所に連れていってくれた周吾プロには、本当に感謝しかない」と、改めて振り返った。

前週から当地入りした昨年は、コースまで車で15分ほどの一軒家を借りてトレーナーや、メーカースタッフら男6人の共同生活で、柏木さんは炊事を担当。柏木さんに割り当てられた2階建ての1階部屋は、キッチンのすぐ隣に位置した。

毎日、近所のスーパーで買い出し。柏木さんが日本から調達してきた食材を組み合わせてメニューを考え、毎朝だれよりも早起きしてかいがいしく朝食を整えた。

スープのいい匂いが漂い始めるころ、今平が階下に降りてくる。寝ぼけ声で「今日はなんスか?」と、鍋をのぞきこまれると「周吾くんの”お母ちゃん”になったような気分になりましたよ」と、笑う。

「柏木さんの作るものはなんでも美味しい」と言われると嬉しくて、夕食にも腕を振るった。
特に評判がよかったひとつが、柏木さんの地元、宮崎名物のチキン南蛮。自慢のタルタルソースは柏木家の秘伝(?!)で、門外不出。
26歳(昨年時)の旺盛な食欲で、今平もあっという間にたいらげたという。

ベテランキャディが賞金王とひとつ屋根の下で毎夜、囲んだお手製のディナー。初めてのマスターズで忘れられない思い出のひとつだ。

2年連続2度目の出場となる今年は、新型コロナウィルスの感染拡大で、11月への延期が発表された。今平が2年連続2度目の賞金王に輝いた昨年末、大役を終えた直後に体調を崩して数日の入院を余儀なくされた柏木さんにとっては、マスターズの開催日が秋にずれ込んだことで、心身共に少し猶予ができたのは確かだ。

「今は体調もすっかり良くなって、毎日近所の山に登ったり、近くの海辺を走ったり、体力をつけなおしているところです。この緊急事態で先のことなどわかりませんが、今年もまた周吾プロとマスターズに挑戦できれば嬉しい。去年のリベンジをしたいんです」。
特別招待を受けて初出場を果たした昨年は、無念の予選落ちを喫したが、世界ランク50位内で自力での参戦権を得ている今年。「今度こそ、周吾プロと堂々と週末のオーガスタを歩きたい」と、柏木さん。

国内男女ツアーとも開始の見込みはたたず、キャディ仲間も困窮している者が多いと聞く。
柏木さんも歯がゆい思いだが、「この状況に負けちゃいけない。今はみんな苦しいけど嘆いていても仕方ない。私も出来ることを見つけながら、目標に向かって頑張っていきたいです」。
試合の開始を待つ今は、地元宮崎で代々受け継いできた田畑をせっせと耕し、とれとれの季節野菜を知人に配ったりして喜ばれている。
今年は秋のオーガスタで新たに並べる”ディナーメニュー”にときどき頭を巡らすことも、窮屈な自粛生活に活力を与えてくれているそうだ。
  • チキン南蛮が好評でした
  • 柏木さんの地元宮崎では、3月には早くも田植え、7月下旬に収穫の「早期水稲」が主流で、夏には新米が食べられるそうだ。今年も豊作を願って…

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