記事
日本ゴルフツアー選手権イーヤマカップ 2002
★ 古山聡
開催日の1ヶ月前に下見で会場を訪れ、最終日のピンポジションを想定。18番グリーンに立ち、「この位置にカップを切って、イーグルで、チャンピオンが決まればいいなあ…」と、話していた。
果たして、本番。
なんと、宮瀬博文が谷口徹とのプレーオフで、イーグルを奪って劇的優勝。古山の想像したとおりのシーンを演じてくれたのだ。
「ギャラリーの皆さんも、すごく興奮してるのがわかったし、自分が一生懸命に考えたセッティングで、これだけ試合が盛り上がったことで、その瞬間は、鳥肌がたってしまって。思わず、18番グリーンで泣きそうになってまいました…」
91年のチャレンジツアー『後楽園カップ』でV。レギュラーツアーでは、優勝までは届かなかったが、出場約200試合の競技人生で88年のサントリーオープン3位タイなど、数々の実績を持つ。
父親に初めて連れられていった練習場で、8歳ながら120ヤード飛ばし、「後楽園球場なら、こりゃホームランだ!」と、大喜び。その魅力に取り付かれた元・野球少年は、あっさりとゴルフに転向し、ツアープレーヤーとして、長い間活躍を続けてきた。
現役を退いたあとも、競技委員への道を選んだのは、「これまで、お世話になった世界でぜひ、何かお返しがしたい」との気持ちが強かったから。「少しでも、ゴルフ界発展のために力になれれば」と、"裏方"の世界に踏み込んだ。
華やかな表舞台からの転身は、選手としてコースを闊歩していたころとはまた違った、充実感に溢れている。
選手のスーパーショットに驚き、どよめくギャラリーの笑顔と歓声…。
「その舞台を作る一端を自分が担っている、という誇り。現役時代には、味わえなかった、大きな感動です」
これからますます研究を積み、日本ゴルフ界の「歩くルールブック」となって精一杯、ツアーを支えていくつもりだ。