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谷口拓也がゴルフ伝道師に
生徒は高井和裕・校長先生も、「授業開始のチャイムが鳴る前から全員席について先生を待っている」と太鼓判を押すほど礼儀正しい5年1組。
その反面、担任の長尾武紀・先生が「教師歴15年の中でも経験したことがないくらい、おとなしい学級」ということで、先生もいざ授業が始まるまでは心配していた。
「せっかくプロをお招きしても、盛り上がるだろうか…」。
そんな懸念も、この人に任せておけば杞憂に終わる。
“講師役”の谷口拓也は子供のころから「やんちゃ一筋」。そして「心はいまだ少年」。だから誰より子供たちの気持ちが分かる。
プロゴルファーの登場に、すっかり緊張して静まり返る生徒たちを前にしても、ちっとも気にしない。
レッスンの最中に、ときおり織り交ぜるギャグがウケなくても、まったく意に介さない。
「あ、俺またスベったわ〜」と言って、大きな口でガハハと笑う。
一方で、子供たちに万一の怪我がないようにと常にさりげない目配りを怠らない。
加えて子供たちの会心のショットには、大きな声で惜しみない賞賛の言葉を。
グッドプレーには、ハイタッチでねぎらいを。
もっぱら腰をかがめて子供たちの視線に合わせ、対峙するたび必ずその子の氏名を聞いて名前で呼びかけ続けた。
次第にこぼれ出した子供たちの笑顔。打ち解け始めた心。
その瞬間を見逃さない。
すかさずその子の特徴をつかみ、今度は勝手にあだ名をつけて呼び始める。
谷口に「ラミレス」と、命名された原田優汰くん。
“由来”は野球チームで、読売巨人軍のアレックス・ラミレス選手と同じ外野を守っているからという単純な理由からだ。
ラミレス…もとい、原田くんはプロ野球選手になるのが夢だが、本物のプロゴルファーと触れ合って「これからも機会があれば、授業でもやってみたい」と、ゴルフにもがぜん興味が出てきた。
がっしりとしたその体格と落ち着いた物腰から「大将」と命名された川原大輝くんも、やはり野球が大好きで、将来は「打撃コーチになるのが夢」だそうだが、普段パークゴルフに親しんでいることもあり、ますますゴルフを身近に感じられるようになった。
「ゴルフって面白い。谷口プロも面白い!」。
谷口に「大将、ナイス〜!」と褒められるたびに目を輝かせ、スイングにもますます力がこもっていく。
ほとんどの子供たちが、スナッグゴルフは初めての経験だった。
担任の長尾先生が、この日のためにと事前に予行練習をした際には、どこかぎこちなかった手つきも授業が終わるころにはみんなで仮想コースをラウンドし、班ごとに競い合えるまでになった。
「そりゃあもちろん、“先生”が良いからですよ」と、谷口は胸を張る。
しかしすぐさま笑み崩れる。
「…な〜んてね、それは冗談でみんなが無邪気で素直で、僕の話をしっかりと聞いてくれるから。みんなとってもセンスが良くて、これからもずっとずっと教えてあげたいくらい……!」。
谷口と同じ、地元・徳島出身のプロゴルファーといえば、なんといってもあの尾崎兄弟だ。
ジャンボ、ジェット、ジョー。揃いもそろって錚々たるトッププレーヤー3兄弟に続いて「僭越ながら僕、谷拓(たにたく)! さらに僕のあとに続くプロが、今日この中から誕生してくれたら嬉しい。それがたとえゴルフじゃなくても野球でも、大リーグで活躍するような選手が出てきてくれたら最高です!」。
そんな思いが自然とこの日の熱血指導につながった。
授業時間は3、4限目を利用して100分間。
「そんなに間(ま)が持つかなあ」と懸念していたが、いらぬ心配だった。
12時15分のチャイムの音で我に返った谷口は、思わず「もう終わりかあ!」と、名残惜しそうにつぶやいた。