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日本ゴルフツアー選手権 森ビルカップ Shishido Hills 2016

これからも、宍戸の森で人を育む

宮本のキャディを担当した研修生の嘉数さんはスナッグキッズ
宍戸の森で、新たな人材は確かに育まれていると感じられた、新体制での最初の主催競技となった。今年17回目を終えた、ツアープレーヤーNO.1決定戦。その会場が、ここ茨城県の宍戸ヒルズカントリークラブに移った2003年からその期間中に、スナッグゴルフ大会が行われるようになった。
その翌日の最終日には、参加した小学生たちが、今からスタートしていくプロたちと、手と手をつないで1番ティを行進する“キッズエスコート”をスタート。

大会が輩出してきた大勢の“スナッグキッズ”の中から、今年は13年目にしてみごとな成長をとげて、改めて宍戸の1番ティに立つ子が現れた。

今週、宮本勝昌のバッグを担いだハウスキャディの嘉数舞美(かかずまいみ)さん。スナッグゴルフの強豪は、沖縄県の那覇市立壺屋小の嘉数正・監督のご長女で、全国大会には開催初年度に初出場を果たすと、翌年の2004年に個人優勝。
そして3年連続3度目の2005年は、最上学年の4年生キャプテンとして、チームを初優勝に導いた逸材である。

そのあと3つ下の弟、彗悟(けいご)さんも、6つ下の妹・芽香(めいか)さんも“代表メンバー”に名を連ねるまさに“スナッグファミリー”は、「家族ともども本当に、お世話になりました!」。

全国大会の折には、沖縄からはるばるここ茨城まで遠征してくる費用もばかにならなかった。引率の先生方が諸経費の捻出に苦慮されていたとき、ツアープレーヤーたちの中から、支援を申し出てくれる選手たちが現れた。

今回、舞美さんがバッグを運んだ宮本も、もちろんその一人であり宮本とのラウンド中にも、そんな話しで花が咲き、嘉数さんは改めて当時のお礼を伝えることが出来た。

その後、ゴルフに転向した嘉数さん。中央学院大に進んでゴルフ部で活動を続けていたが、2年で中退を決意。この春からここ宍戸の研修生として、プロの道を目指すことになった。
日中は、主にキャディ業に従事しながら、恵まれた環境で鍛錬を積む毎日だ。コースの草野道朗・総支配人によると、「嘉数さんは、男子にも負けない飛ばし屋」。ドライバーで軽々と270ヤードも飛ばすそうで、草野さんもその成長を楽しみにしている。
「明るくて、働き者でコースのみんなにも好かれています」(草野さん)と、すっかり職場にも溶け込んで、最終日も宮本とともに、今度は子どもたちに見送られる立場として、コースに出ていった。

トッププロと宍戸で過ごした4日間は「本当に勉強になることばかりでした」と、嘉数さんは言う。特に、プロのマネジメント力。「私の苦手分野」。宮本も飛ばし屋だが、「絶対に無理をしない。狙いすぎず、攻めすぎない。宮本プロはバンカーショットも凄く上手くて、本当に良い経験になりました」。

師匠の芹澤信雄も駆けつけた火曜日の練習ラウンドでは、チーム芹澤の“ドリル”も垣間見ることが出来た。「私にはいま何が足りないのか、見せていただいた」。来季に控えたプロテストを前に、嘉数さんには非常に貴重な1週間となった。

宍戸の森で、確かに受け継がれていく強い絆がある。

今年は、大会主催のJGTOの新会長に就任した青木功が、子どもたちをもてなした。出場プロらとともに、最終日の1番ティに登場した“スナッグキッズ”たちを、満面の笑顔で迎えた。

緊張の面持ちで、ティーイングラウンドの片隅で、体育座りをして待つ子どもたちにも気さくに「青木おじちゃんも、サインをしてあげよう」。長身をかがめ、ペンを取り出すと、その腰元にあっという間に子どもたちがひしめいて「僕も、僕も」と、サインをせがんだ。
今年もまた、子どもたちの揃いのキャップはプロのサインで一杯になった。明るい笑顔の花が今年もまた、宍戸の森にたくさん咲いたことが、青木には何より満足だ。

この中からまた嘉数さんのように、プロを目指す子が出てきてくれるだろうか。
そう思えば、青木功・新会長のやる気もまたいっそう増すというものだ。

※4日土曜日に行われたスナッグゴルフの茨城A地区予選会と、東京地区予選の結果、以下の小学校が全国大会の出場権を獲得しました。
<茨城A地区予選会>
 優勝 笠間市立友部小学校(77ストローク)
 2位 笠間市立岩間第三小学校(81ストローク)
 3位 笠間市立稲田小学校(84ストローク)
 4位 笠間市立岩間第二小学校(85ストローク)
<東京地区予選会>
 優勝 大田区立池雪小学校(77ストローク)

  • 嘉数さんにも充実の4日間

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