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三井住友VISA太平洋マスターズ 2002

「今の自分が、好きでたまらない」

中嶋常幸は18番で勝つための選択、そしてイップス、スランプとの真の訣別

1打差で迎えた、18番パー5。
もし田中があの2オンに成功していたら、中嶋も、グリーンを狙うつもりだった。
中嶋の、フェアウェー左バンカーからの第2打は、
(スプーンを短めに持って、グリーン手前の左バンカーを超えて、フェードで狙えないこともない…)。
田中がイーグル狙いでくるならば、自分も逃げずに、挑むしかない。
想定した次の1打に、イメージを膨らませつつ中嶋は、
(田中の2オンは、3分の1の確率で成功しない)
とも読んでいた。
「ヒデの第2打は、池超えで、しかも距離が相当残っていた。もし、自分があそこから打つとしたら、3球のうち1球乗せられるか乗せられないか。普通のショットではまず、届かないと思った。まさに“乾坤一擲”という1球でないとね」

案の定、田中のボールが、池に消えると、すぐに中嶋は当初の作戦を変更した。
「8アイアンで手前に刻み、そこからPSで、ピン左目に8メートルあたりまで寄せる」
それは、1打差で逃げ切って、“勝つ”ための選択。

自分と、相手の動きと。そして、ゲーム全体の流れを、最後まで冷静に読みきって迎えたクライマックス。
今季2勝目のウィニングパットは、1メートル弱だった。
前回、6月の7年ぶりの優勝時のように、それは「果てしなく遠い距離」ではなく、もう、すぐ手の届くところにあった。
今年6年ぶりに出場したメジャー、全英オープンでヒントをつかんだパッティンググリップで、何気なく腕を動かし、あとは躊躇なく、カップに沈め込むだけでよかった。
イップス、スランプに、苦しみ続けた日々と、真に訣別したといってもいい、この最後の1打。
これが、本当の意味での復活V。
中嶋はいう。

「あのころ、…転落を始めたとき、僕は落ち始めたころの“入り口”ばかりを探して、『あそこに早く戻りたい』と、もがきつづけていた。
だけど、落ちるところまで落ちてしまうと、意外と、また別の良いもの、新しいものにめぐり合えることがわかってきて、これまでは、なんでもなかった普通の言葉なども尊く感じるようになり、すべてが勉強と思えるようになった。
そのうち、優勝なんかできなくてもいい、自分らしいゴルフができれば、それでいいじゃないか、と思うようになって。
そうなってくると、今度は自然と出口が見え始め、あとは、その出口に向かって、歩いていけばよいのだ、とわかってきた。
自分が変ると、楽しみが増える。
今は毎日が新鮮に思えるし、たとえチャレンジした結果失敗しても、またもう一度やり直せばいいと思える。失敗しても、なお戦いに挑もうとする、そんな自分がいま、好きで好きでたまらないんだ・・・」

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