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フジサンケイクラシック 2009

石川遼が今季3勝目、賞金ランキングはトップへ

谷原とベストアマ賞の盾と優勝杯を取り替えっこしたのは2007年
2年前、史上最年少優勝を飾った15歳の2007年。ツアー初出場での快挙達成から2戦目に選んだトーナメントが、このフジサンケイクラシックだった。

あのとき、アマとしてただひとり決勝ラウンドに進み、ベストアマチュア賞を獲得した。
表彰式で受け取った記念の盾と引き替えに、チャンピオンの谷原秀人に「替えっこしよう」と手渡された伝統の優勝杯。ハニカミながら記念撮影に収まって、「いつか、僕も必ずこれを」とひそかに胸に誓った目標が、いま現実のものとなった。

「まさか、あれからたった2年で実現できるなんて」。

血の滲むようなトレーニングを積み重ねてきたこの2年間。あのころよりもうんと逞しくなった両腕で、真鍮製の大皿を高々と掲げてつぶやく。

2位に2打差をつけてスタートした最終日は前半こそパットが決まらず、スコアを落とす苦しい展開も、この2年で10年分に匹敵するほどの経験を重ねて、今さら動じることもない。

毎日目標にしていた2オンに失敗し、パーに終わった3番パー5のインターバルで聞こえてきた。「今日の遼くんの顔、なんか怖いね」とのファンの声。
終始、厳しい表情は、どれほどリードしようと攻めの姿勢を忘れずに「朝から気を引き締めて行こう」という決意の表れだった。

デビュー当時は何かにつけて、「順位よりも、良いスイングをすることを目標に頑張りたい」とニコニコと語っていた少年も、2週後に18歳の誕生日を控え、もはや頂点しか見ていなかった。
先週、23歳の池田勇太に大逆転負けを喫した悔しさ。
「6アンダーを出しても、勝てないこともある。しょうがないと思っていたけれど、本当の内側の自分はそうは思っていなかった」。

本人も気づかないうちに、そのとき胸の奧にしまい込んだ「次は絶対に負けたくない」という強い思いは11番でこの日2つめのボギーを打ち、通算9アンダーまで崩したときに、ふいに頭をもたげた。

後半4つのバーディで、一気に突き放した。
「大好きな富士桜で勝つことが出来て幸せです」と言ったとき、ようやくいつもの笑みがこぼれ出た。

精神面はもちろん、寝る間も惜しんで鍛錬を積んできたスイングも、2年前とは明らかに精度の高さが違う。
それは石川自身も自覚していた。期間中、宿に帰ってから見たテレビ中継で、2年前の今大会でのスイングと比較した映像が、たびたび流れた。

「インパクトからフォローにかけての頭の沈み込みと、トップで左に傾いて、インパクトで右に傾いていた頭の動きが今は抑えられていて。体の線も太くなり、2年でそこまで変われるんだな、と」。
客観的に自身を見つめ、4日間ともただひとりアンダーパーをマークして、何より5打差の圧勝が、その成果を物語る。

それでもなお高みを見上げる17歳には、「下半身をしっかり使うこと。あとインパクトで右側が下がることが多くて。クラブが下から入り、アイアンならフック、ドライバーならプッシュが出ることがよくあるから」と、まだまだ課題は尽きることがない。

また、勝ち方にも納得出来ない。
これまでの4勝で、劇的な優勝シーンを演じてきた石川が、今回初めてボギーパットのウィニングパットに甘んじた。
最終18番は、やはりスイングの弱点が出てティショットを左のバンカーに打ち込んだ。
そこから第2打は、奧のラフ。アプローチも寄せきれず、反省しきりだ。
「夢はマスターズの優勝」と言うのなら、「ティショットはあのバンカーを越えとかないと。セカンドもあそこに打っていちゃダメ。最後はボギーで、ガッツポーズも控えめになってしまった」と、悔しがる。
来年の今大会は「ぜひバーディで勝ちたいです」と、早くも連覇を見据えた。「大好きなコースでまた優勝争い出来るように、また1年間頑張っていきます」と、満員の地元ギャラリーに誓った。

史上最年少のツアー通算5勝目&年間3勝目を達成し、賞金ランクは初めてトップに躍り出た。もうひとつ、新たな記録更新への挑戦へ。スタートラインに立った。
「いまの時点で自分がこの位置にいられるのには本当にびっくり。1位はきっと一瞬で、これから先も、めまぐるしく変わっていくと思うので、気を引き締めていきたい」。
目指すは史上最年少の日本一。見上げる富士山を背にして、賞金王獲りへの決意を誓った。
  • あれからわずか2年後に、夢は現実のものに
  • フジテレビアナウンサーの本田朋子さんから真っ白なウィナーズジャケットを着せかけられて感無量
  • 大会主催のフジサンケイグループの日枝久・代表の祝福に、笑顔もほころぶ
  • ボギーのウィニングパットに、ガッツポーズもさすがにいつもより控えめ?! 「来年はぜひバーディで優勝したい」と

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