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ANAオープン 2010
ハッピーバースデー遼!!
「試合中は100%ゴルフに集中していたので」。
スポンサー契約を結ぶ大会主催のANAのご厚意で、ホールアウト後に開かれた恒例の誕生祝い。
花束贈呈と、特大の特製ケーキに立った19本のろうそくを吹き消して、「こんなに盛大にお祝いしてもらったおかげで、いまようやく誕生日ということを、意識することが出来ました」と、感謝した。
この日2日目も相変わらず上空を舞う強い風は、しかし前日初日とは「まったく真逆の風で」。たとえば18番ホールでは、初日の第2打がエッジまで60ヤードに対し、この日は115ヤードが残るなど、「60ヤードは違っていて」。
戸惑いとシビアなピン位置も加わって、「とにかく目の前のプレーに必死で。19歳になったという意識はひとつもなく、むしろ今日の誕生日は試合とはまったく関係なかったです」。
記念日を味わう余裕もない。自身への誕生日祝いとは、いかなかった第2ラウンド。
特に後半は、折り返すなり試練が来た。
10番でティショットを左に曲げて、木の近くに落ちたボールはまともにスタンスも取れず、バンカーに打ち込んだ。ダブルボギーを打った。
さらに直後の11番パー3では、7メートルのバーディパットを1メートルもオーバーさせて、3パットのボギーにそのあとも、パーパットをしのぐシーンが続いて、「苦しいラウンド」となった。
それでも気持ちを切らさずに、「ギリギリ踏みとどまれた」のは、13番で奪った渾身のバーディがあったから。
80ヤードの第2打は、8番アイアンで目の前の木の枝の下を抜いて、バンカー手前のアゴでワンクッション。通算でアンダーパーに戻した6メートルのバーディは、「イメージどおりに打てた。今日のベストショット」に、再び希望の光が見えた。
「頑張れば、まだこんなラッキーなこともあるんだから。またここから優勝を目指していこうと思えた」。最終18番でも1.5メートルをしのぐなど、そのあとの粘りにつながった。
昨年の今大会から1年間で一番大きな経験になったのは、初の全試合出場を果たした4大メジャーでもなく、海外のツアーでもなく、日本ツアーで挙げた3勝と「日本での優勝争い。海外の試合よりも、何十倍も良いものを得たと思う」と石川は言う。
この日も22位まで順位を下げたが、けっして今回もその可能性はゼロではない。4位タイに浮上した杉並学院高時代は2つ先輩の薗田峻輔や、練習仲間の山形陵馬も通算3アンダーは好位置で、プロ初の予選通過を果たして、「これから2日をかけて、僕も絶対に2人に追いつく」と誓った。
珍しく、上下白のウェアで登場したこの日。19歳は「10代最後の、大人になる準備段階」。その最初の日に、石川が強く胸に刻んだのは「諦めない」心だった。