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ジャパンゴルフツアー選手会が今年も東北3県に福祉車両を寄贈(6月8日)

軽車両のダッシュボードへのサインをお願いされて、「新車にいきなり書いちゃっていいのかなあ・・・」。おそるおそるペンを走らせた優作
6月8日は、新選手会長がみちのくひとり旅。6枚もの片道切符をポケットに、宮里優作が丸1日をかけて、東北3県を回った。前夜のうちに岩手に入ると新幹線を乗り継いで、宮城、福島へと今年も全選手の思いを届けに行った。

ジャパンゴルフツアー選手会があの年から前年度の賞金総額の一部を拠出して、3県に約3000万円もの震災復興支援金の寄贈を始めて5年目。その2年目からは、何かお役に立てていただけるものをと、仙台市宮城野区のスズキ自販宮城のお力をお借りして、被災地でも小回りが効く軽車両を購入。毎年、各3県のそれぞれ10の市町村に贈呈を始めて3年目が過ぎた。

真っ白の車体には、今年も各市町村のお名前と、ジャパンゴルフツアーのロゴがあしらわれている。「この3年で90台をお贈りしたことになりますが、その1台1台に僕たち選手全員の思いがたくさんこもっています。日頃のみなさんの便利な足として、ぜひ有効にご活用いただければ」。今年は新選手会長として、みんなの思いを代弁した優作だ。

宮城は東北福祉大を卒業したあとも、妹の藍さんと3年あまりを過ごした第二の故郷だ。また、今年はスケジュールの調整がつかないことを、県社会福祉協議会の長山洋・会長にはお詫びをしたが、岩手は毎年、県オープンでお世話になるこれまた馴染みの地。そして、福島は今年も7月は、全英オープンの翌週に「ダンロップ・スリクソン福島オープン」が控えている。

昨季の賞金ランク2位の資格で早々に得ていたメジャー切符も、福島での贈呈式では中継局の福島中央テレビの取材を受けて、翌週の体調を心配された緒方太郎・アナウンサーにも「福島オープンでももちろん、全力を尽くすつもりです」と、ニッコリと請け合った。

さらに今年は、先月に行われた1日36ホールの日本予選を突破して、自身初の全米オープンの権利を得て、ジャパンゴルフツアーはこの2週の空き週も、きゅうきょ大幅な予定変更を余儀なくされた。

この3日後に控えた今週6月11日の渡米を前に、他のすべての予定をキャンセルしても、この寄贈式だけは絶対に外せなかった。
あれから5年が経ち、震災の風化が懸念される今、原発事故の影響を引きずる福島では特に復興がままならず、住む家すら追われたままの方々が、いまだ9万人超もおられると聞く。「私どもが今だ仮設住宅にお住まいの方々の訪問をさせていただく際にも、頂戴した軽車両がまさに大活躍なのです」と、何度も頭を下げてくださった福島県社会福祉協議会の鈴木千賀子・常勤副会長には、優作も逆に恐縮しきりで「僕らのほうこそ、毎年快く受け取っていただいて、本当にありがとうございます」。

東北3県の傷跡もまだ癒えないままに、今年は熊本地震が起きて、選手たちの使命感は、強くなるばかりだ。熊本には、大学ゴルフ部同期の大親友が住んでおり、発生当時は優作も気を揉んだ。震災後の混乱と、何よりも遠慮で親友にはかたくなに個人支援を辞退されても、我慢しきれなくなった優作は、思案のあげくに20キロの米を届け、熊本と大分の自治体にはひとまず、それぞれ100万円の義援金を申し出た。

「僕らに出来ることなど限られてはいるのですが・・・」。無力を感じながらも、何かしないではいられなかった。「そういった物やお金などを通じた支援のほかにも、今日もこうしてご縁が出来たたくさんの方々に、ゴルフというスポーツを通じて元気を届けて行くことも、僕らの大事な仕事だと考えています」。

この日は、多忙の中をぬって各贈呈式に参加してくださった3県の自治体の方々から「全米や全英オープンでは、私たちを寝不足にさせるほどの活躍を期待しています」と、訪れた先々で声をかけられいずれも噂に聞く難コースには苦笑混じりも、「今日のみなさんとの出会いを力に変えて、なんとか頑張ってきたいと思います」。
この日のうちに使い切った6枚もの新幹線のチケットを、今度は米シカゴ経由ピッツバーグ行きの航空券に持ち替えて、選手会長は旅立つ。
  • 岩手
  • 宮城
  • 福島。各市町村の方々一人一人にスズキの軽車両を“納車”して、優作は心置きなくアメリカに旅立つ。

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