選手たちが交代でゴルフの楽しさ、面白さを伝えて歩くジャパンゴルフツアー選手会の貢献活動で、まもなく卒業を控えた学生プロが“伝道デビュー”を果たした。
敏腕マネジャーとして随行してくれた10歳姉の華奈さんも、地元兵庫県加東市にある兵庫教育大附属小学校の卒業生である。
きょうだい揃って「卒業して以来」という母校は、門をくぐればたちまち懐かしい匂いで一杯。
「校長室…! 1年の時に母親と呼び出されて叱られたんよ…」と、泰果が苦虫をかみつぶせば、華奈さんは「今も和太鼓はやっているのかな?」。
今も続く学内行事の「ミュージカル」は、昔も今もオーディションで配役が決まる。
当時は意外にも、引っ込み思案だったという泰果がもらったのは「風が吹けばコロコロ転がる落ち葉の役」と、思い出して2人で笑い、共通の恩師の英語のリチャード先生と感動の再会も果たせた。
「姉ちゃん、見て見て~」と、泰果が広げてみせたのは、冨田明徳・校長先生がこの日のために用意してくれていた、当時の卒業論文集だ。
研究テーマは「ゴルフのスイング分析について」。
当時、人の体の動かし方には4つのタイプがあるとする「4スタンス理論」に目覚めた泰果が、同理論に沿って研究成果を発表。
「ゴルフをやっている人はたくさんいるが、その数と同じように数々のスウィングがある。僕にも僕なりのスウィングがあり(中略)先生に教えてもらったりしながら少しずつスウィングを変えてボールを打ってみたりしている」云々…と、一貫して理路整然とした文体には「今の僕より全然上手に書けている!」と、本人が一番びっくりだ。
ちなみに泰果の体のタイプは「B2」という。
「4スタンスを知ってから、スウィングがものすごくしやすくなったんです」と、偉業の原点はここにも。
昨年9月の「パナソニックオープン」で史上6人目のアマVを飾ると、すぐ10月の「日本オープン」で、大会史上95年ぶりのアマV&ツアー史上初のアマ2勝を達成した。
10月31日には加東市役所でプロ宣言し、デビュー戦に選んだのも地元・加東市で行われている「マイナビABCチャンピオンシップ」だった。
ニュースは瞬く間に拡散し、今も市内5カ所に「加東市は蟬川泰果選手を応援します」という垂れ幕が風に揺れる。
母校が誇るヒーローの帰還に子どもたちが興奮しないわけはなく、伝道前も、伝道後もサインを求めて校長室や校門で出待ちする子でいっぱいだった。
6年生を教えたスナッグゴルフの講習会で、蟬川にひときわ熱い視線を送っていた上野廉尋くん。
6歳からゴルフを始め、昨年9月の「加東市スナッグゴルフ大会」で優勝した未来の逸材は「蟬川さんが、小さい頃から凄く努力を続けてきたことを僕のお父さんから聞いていました。僕も、蟬川さんみたいに努力して、メジャーで勝てるプロゴルファーになりたいです」と、卒業間近に改めて夢を誓った。
蟬川自身も3月16日に、東北福祉大の卒業式を控えており、退寮の後片付けに追われるなど、前夜も23時に仙台からトンボ帰り。
多忙を割いて母校に帰った。
「僕の夢は4大メジャーで優勝することです。きょうはみんなの夢も聞かせてもらったので、夢を実現できるように、一緒に頑張っていきましょう」と、子どもたちに呼びかけた。
今オフは、1月に「ソニーオープン」で米デビューを果たすと、欧州ツアー2戦にも挑戦。
だが、3戦とも思うような結果は得られなかった。
「アマチュアで結果を残したのだから、プロでもできて当たり前、と思われていると思う。その中で、期待に応えなければと考え過ぎてしまった部分もあったと思う」と、今も悔やむ。
「大人になると、考えることが増えていきます。経験を重ねることで、縮こまっていくこともあります。こうしておけば良かったな、と後悔することもあります。そういう時は、誰かに相談したり、質問したり、ポジティブに。みんなには何事も堂々と、自信を持って取り組んでいって欲しいなと思います」などと「夢を持とう」と題した午後の講話の締めくくりは、今の自身にそっくり言い聞かせるようだった。
在校生たちからお礼の校歌斉唱を懐かしく聞きながら「僕もまた、いちから頑張ろうと思えました」と、蟬川。
本当のタイガドラマはこれからだ。