記事

青木功が退任会見「この場をお借りして、心より感謝申し上げます」

任期満了に伴い、2016年から4期8年つとめた一般社団法人日本ゴルフツアー機構(JGTO)の会長を、今月の定時社員総会をもって退くことになり、3月4日に都内で退任会見を開いた。



青木 功はまず冒頭で、「この8年間、ゴルフファンの皆さまはもちろんのこと、スポンサーやゴルフ場関係者の方々、報道各社の方々には、大変お世話になりました。この場をお借りして、心より感謝申し上げます」と、頭を下げた。


「日本ゴルフツアー機構の役割は、選手がプレーする機会を増やすとともに、プレーに専念できる環境を整えることにある」との信念で、毎週のようにトーナメント会場に足を運び、各所との調整や整備につとめてきた。


新型コロナウィルスによるトーナメントの中止や、新興ツアーのLIV GOLFとの調整など、次々と想定外の出来事に見舞われたが、「私を支えてくれた理事やスタッフのお陰で、何とか乗り切ることができました」と、周囲を労った。


「残念ながら、試合数を増やすことはできませんでした」。


だが、一方で海外ツアーとパイプをつなぎ、共催試合を増やすなどしてJGTO選手が国際的に活躍する機会を作ることはできた。

「また、下部ツアー(ABEMAツアー)のネット配信を充実することで、若い選手の活躍の機会を増やすことができました。関係者の皆様には、心より感謝申し上げます」と、謝意は尽きない。


プロ同期で、初代会長(99年~08年)の島田幸作氏から、次期会長のオファーを受けたのは、島田氏がガンでこの世を去る2年前。

「自分はゴルフばかの人生で終わりたかったので・・・」と、まずは特別顧問として参画し、その間、歴任した小泉直氏と、海老沢勝二氏を引き継ぐ形で会長に就任したのはその9年後。

74歳になっていた。


スーツにネクタイ姿で都内のJGTO事務所に初出社した当時を振り返り、「机に座って仕事をするなんて、今までしたことなかったから・・・」。


地元千葉県・我孫子ゴルフ倶楽部でキャディのアルバイトに就いたのを契機に14歳から始めてゴルフ一筋。

「会社勤めは初めてだったから。最初はすごく戸惑った。最初は、みんなの様子をうかがうので精一杯。慣れるまでに2年くらいはかかったよ」と、スタッフに苦笑交じりで打ち明けたのは昨年末。


このときにはすでに退任を決意していた。


「私もすでに80歳を超えました。この8年間、力の限り、男子ゴルフの発展のために働いて参りましたので悔いはありません」。

嬉しいことに、PGAツアーで奮闘する松山英樹や小平智のほか欧州ツアーでは久常涼や星野陸也、アジアンツアーでは金谷拓実や先の幡地隆寛の快挙など、海外でも日本選手が次々と、才能を見せ始めている。


「ゴルフツアーの主役は選手です。彼らの魅力あるプレーがファンを沸かせ、男子ツアーをなお一層盛り上げてくれることを大いに期待しています」と、改めて後身に希望を託して「今後は陰ながら男子ゴルフを応援していきたいと思っていますので、引き続き、皆様のご支援・ご鞭撻をお願い申し上げます」と、会見を締めくくった。

関連記事