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日本オープンゴルフ選手権競技 2003

度重なる逆風にも耐えてつかんだ初の日本タイトル、深堀圭一郎の奇跡のパット

昨年は、ろく軟骨を剥離骨折して2ヶ月もの戦線離脱を余儀なくされた。長いブラン ク からようやく復帰 できたと思っていたら、今度は、パッティングのときに、手が動かなくなるイップス 病にかかった。
長い距離は、大きくオーバー。短い距離は、ことごとく外す。

あらゆる手を施してみたが復調の兆しは見えず、次第に、ただ練習グリーンで球を転 がすだけでも恐ろ しくなり、ストロークするたびに心臓が激しく鼓動をはじめるようになっていった。 悩み、ストレスを 抱え、パット練習に根を詰めすぎて首筋が硬直し、ラウンド中には、めまいや立ちく らみまで起こすこ ともしばしばだった。経験したこともないような、重度のスランプ。

年々、レベルアップしていく日本ツアー。常に前だけを見て戦ってきた深堀でさえ、 「こんな状態で、 また、優勝争いできるまでになるのだろうか・・・」自分自身を疑いの目でみたこと も あった。
そんな深堀の心を逆撫でするように、周囲からは逆風も吹きはじめる。
2001年の住建産業オープンからみなはされた勝ち星。「いつまでもそんなだと、名 前、忘れちゃうよ」 「いったい、いつまで待たせるの?」

冷たい言葉をかけられて、へこんだ時期もあった。

「前の僕なら、そういう言葉にも弱虫になって、そのままこそこそ裏から逃げたりし ていたと思う。・・・でもいまは、そんな言葉を堂々と受け止めて、逆にそれをパ ワー に変える力がある」。 数々の試練にもけして諦めることなく、歯を食いしばって耐え抜いたことが、深堀の 糧となっていた。
1年間、強靭な精神力で試行錯誤を続けた答えが、この大舞台でやっと出た。

1番で、手前5メートルのバーディチャンスを決めた。2番のバーディは、手前から1.5 メートル、4番で は5メートル、9番ではピンまで3メートルののぼりのスライスを入れた。16番では、2 メートルのパーセービングパットを決めた。苦しんできたご褒美か、と思うような奇跡的なパットもあった。
7番の10メートルのフックラインや10番の14メートルの「直角フック」のバーディ パット、12番では10 メートルもピンをオーバーしたパーパットをねじこんだ。17番の手前7メートルの バーディチャンスを 決めたとき、思わずガッツポーズも飛び出した。

そして、迎えた最終18番。急激に下る、10メートル以上の長いバーディチャンスは、 さすがにファー ストパットを打ったとき、思わずボールに向かって大きく押しとどめるしぐさをして いた。
「いつもの僕なら、オーバーして、グリーンの外まで出てしまってもおかしくないラ インだったから・・・」。果たしてボールは、OK距離でぴたりと止まり、きっちり と、2 パットでおさめて通算8アンダー。この日マークした64はコースレコードも更新し、5 打差からの大逆転劇。今年の日本オープンチャンピオンは、最終組の5つも前の組か ら誕生したのだ。

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