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賞金王が施設訪問
「パパ、どこ行くの?」
「お父さんやお母さんと一緒に暮らせない子に“頑張って”って、言いに行くんだよ」
「ふ〜ん・・・」
まだ2歳と半。言っても理解できないだろう、とは思いつつ、やっぱり言わずにはいられなかった。
「菜々ちゃんはお父さんと、お母さんと一緒にいられてほんとうによかったね!」
自ら言ったこの言葉を、谷口はあとで改めてかみ締めることになる。
昨年12月に行われたシニアVS女子VS男子の対抗戦「Hitachi 3Tours Championship 2007」で、男子のJGTOチームのキャプテンをつとめた谷口が、2年ぶりの優勝杯にこだわったのはほかでもない。
「次は、絶対に勝ってもっとたくさんチャリティがしたかった」。
谷口が同大会で得た賞金を、地元・奈良県の児童福祉施設への寄贈を始めたのは、一昨年の2回大会から。
しかし、前回は最下位の3位と不本意な結果に終わっている。
特に昨年大会はスポンサーのご厚意により、賞金総額が1000万円アップの8000万円。優勝賞金は4000万円に跳ね上がったことで、ますます気合が入ったものだ。
おかげで今回は、みごと勝ち取った優勝賞金を、6箇所の児童養護施設と、1箇所の母子生活支援施設に寄贈することができた。そしてやはり今回も、子供たちとの触れ合いを求め、寄贈先のひとつである奈良県・桜井市の児童養護施設「飛鳥学院」の門をくぐった。
ちょうど、この日3月2日(日)は卒院生の「お別れ会」の日。
高校卒業と同時にここを巣立っていく6人の院生を励まし、送り出す日に合わせて賞金王がこの施設を訪ねたのは、「これから旅立つ子に、ここ奈良にも僕みたいな人間がいることを知って、勇気を出して生きていってもらいたかったから」。
だが、前回もそうだったのだが最後には、自分こそが子供たちに励まされていることを谷口は知るのだ。
卒院生の中には2歳から、結局これまで16年以上の月日をこの施設で過ごさざるをえなかった子もいる。
娘の菜々子ちゃんは、谷口がトイレに行くだけでも「パパ、どこなの」と家中を探し回るほどなのだ。
「ここにいる子たちだって、寂しくないわけがない。どれだけ両親と、一緒に暮らしたかったかしれない」。
それでも、むしろ何不自由なく暮らす子供以上に明るく、元気に共同生活を送っている。
「いろいろあったけど、よくここまで頑張ってくれて・・・」。そう言って、お別れ会で言葉を詰まらせた担当保育士の方々の歓喜の涙に、子供たちの過酷な人生を垣間見て谷口は、ふと胸が熱くなる。
何らかの事情があって、親と一緒に暮らせない子供たちがこの施設には80人以上いるが、それも氷山の一角に過ぎない。近頃では虐待や、育児放棄のニュースをほとんど毎日のように聞く。
同施設の河村喜太郎・理事長に、子供たちを取り巻く環境と現実を聞きながら、谷口はつくづくと思う。
「俺がウッズなら、子供たちに家の1軒でもプレゼントできるのに・・・」。
チャリティの規模も、世界ナンバー1の男には足元も及ばないのが悔しいがそれでも、子供たちを思う気持ちは負けないつもりだ。
帰りの車の中で、ハンドルを握る谷口がつぶやく。
「あの子たち・・・今年、施設を卒業していく子たちのことだけど、ほんとうに大丈夫かなあ」。
6人中5人の就職先がすでに内定していて、この春から社会人として新しい一歩を踏み出す。
「これからの人生もきっと色々あると思うけど、強い心で乗り越えていってくれたらいい」。
そのためにも、自分のゴルフが少しでも、彼らの手本になればいい。
改めて心に誓った。
「今年も出来るだけ一杯稼いで子供たちにチャリティする!!」。
それこそが、賞金王の原動力になる。