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ゴルフ日本シリーズJTカップ 2013
宮里優作が悲願のツアー初優勝【インタビュー動画】
グリーンの左奥からトップしてちょうど逆側のラフに転がり落ちた3打目のアプローチは「トリプルボギーも覚悟した」。2位の呉阿順との3差も一気に消し飛びそうな大ピンチだ。「逆目の10ヤードはせめてグリーンで止まってくれ」とまさに祈る思いでSWを握った。
「それがまさか入るとは・・・!」。本人すら予想だにしなかった“ウィニングチップイン”。すり鉢状のグリーンサイドから降り注いでくる大歓声を浴びながら全身脱力。「腰が抜けるとはこのことかと。本当に出し切った」。膝から崩れ落ちるとそのまましばらく立てなかった。「力が入らず歩けなかった」。カチコチのグリーンに突っ伏したまま、33歳がおいおい泣いた。
涙ながらに打ち明けた。「諦めかけたこともあったんですけど」。自分を信じて待ち続けてくれた人たちがいた。だから立ち止まらずにやってこられた。愛する妻が差し出した。黄色いハンカチならぬ黄色いタオルに11年分の涙が染みこむ。長女で4歳になる萊杏(らん)ちゃんと1歳の長男優吾くん。3人まとめて抱き抱えてパパは涙声で「苦労かけたね」。先輩プロの深堀圭一郎が恋の仲人。2007年に結婚した紗千恵さんは4つ上の恋女房も「僕のせいで色々と言われ続けた。つらい思いもさせたので、これからは本当に幸せにしたい」。苦労をかけた家族にはこの悲願成就を機に改めてそう誓わずにはいられなかった。
仙台の東北福祉高から頭角を現して東北福祉大ではアマ38冠ほかツアーでプロも脅かす大活躍。アマVには及ばなかったが再三の2位に今の石川遼や松山英樹に負けず劣らずの注目で2002年の12月にプロ入り。「周囲の期待が大きかった分、本人には余計に長かったと思います」と、この11年間を思いやったのは父でコーチの優さん。
勝つのは時間の問題と、誰もが言った。デビュー当時は結果がどうあれマスコミに追いかけられて、「感じなければいいんですけど、どうしてもそういうのを吸収しちゃって」。期待に応えようとすればするほどその重圧に苦しんだ。石川が2008年にプロデビューを決めたときに優作が苦笑いで言ったのは「やっと肩の荷が下りました」。当時は15歳に先を越された悔しさよりも、これで自分は少し世間の期待から解放されるという安堵のほうが大きかった。
ゴルフの技術は申し分ない。あれほどの器でなぜ、まだ勝てないのか。そんな周囲の疑問や雑音を浴び続けた11年。もがき続けた。一時期は、ピアスに坊主頭のイメチェンで悪ぶっても元来の優等生ぶりは変わらない。
「あの子はいつも一直線。自分で自分を追い込んでいくところがある」とは母親の豊子さん。何事も突き詰めずには、いられない。その性格がむしろ災いして「プレー中にも一つのミスにこだわって、その場で急いで答えを出そうとするところがあった」とは組んで3年目の杉澤伸章キャディだ。形にこだわりすぎて、試合中でもゲームどころでなくなる。一昨年に心理カウンセラーの資格を取った杉澤さんが「一度、全部壊して作り直したかった」というのも優作のそんな性格。「あとは1打への集中力。丸山さんみたいな」。かつて、杉澤さんがタッグを組んだ丸山茂樹の粘り強さ。3年がかりで取り組んだ。今年最後の頂上決戦で見せた72ホールこそその集大成だった。
これで自身16度目の最終日最終組も、やっぱり前夜はほとんど一睡も出来ずに、夜通し脳裏で描き続けたゲームの筋書き。スタートの1番で、早々に裏切られた。「朝いちで右の崖下へ落としてしまった。自分が思ったふうに全然体が動かなくて驚いた。熱くなった」。動揺で体はカアッと、でも心は冷静なまま。高低差約15メートル下からの2打目は、距離にして148ヤードも「打ち上げを入れて、170ヤードのつもりで」と、杉澤さんの言葉も静かに聞けた。「どんなときも、いま自分がやるべきことに集中する。それが今週は貫けた」。8番からの3連続ボギーも「ネガティブな感情は一切入れず、事実だけを受け止めることが出来た」。むしろ笑みさえ浮かべて踏みとどまれた。終盤は1打差と迫った呉も振り切った。
「最終日に崩れてがっかりさせることが多かったけど、今日は見に来てくれた家族もいい意味で裏切れた」とそれが何より感慨深い。「目の前が曇った状態もやっとこれで少し明るくなった」。
歓喜の瞬間には偉大な妹も駆けつけた。藍さんは「お兄ちゃんは、いつか勝つって信じてた」。国内外で24勝の妹に“弟子入”りしたのは2年前。兄の立場で「師匠」と仰ぐ。尊敬する妹から受けた賞賛。「結果が出なくてもクサらずやり続けるのは難しいけど兄は自分と向き合う勇気も持ち合わせている。人としても尊敬してます」と言われてまた泣けてきた。
「お前が辛抱強く頑張ったから、勝利の女神がウィンクした」とは優さん。父親への反抗期で耳も貸さなかった時もあったが、自分も二児の父となった今なら言える。「オヤジには感謝している」。そう思えばいっそう涙が止まらない。
劇的V、そして感動の優勝スピーチには妻も惚れ直した。「あの人は、カッコ良すぎる」と紗千恵さん。「でもスポーツ選手は、結果が良ければ自分の手柄、悪ければ妻のせい。それを覚悟で結婚しました。勝てなくて、つらいだなんて私は思ったこともありません。むしろありがとうと言いたいです」。デキた女房にもしばらく頭が上がらない。
同じ組で回った先輩には最後の握手でこう言われた。谷原秀人が「本当に大変なのはこれから」。気が引きしまる。次の2勝目こそ難しいと言われる世界で11年越しに、やっとスタート地点に立てた。「本当ならお前はもう10勝くらいしてて良い」とどの先輩も口を揃える。遅れてきた大器は「まだまだ、僕は1勝じゃ足りないと思いますので2勝、3勝と積み重ねて本当に強い選手を目指したいと思います」。ここから一気に遅れた11年分を取り戻す。これから常勝時代を築いてみせる。