プロ19年目の谷原秀人が、8年ぶりの大会2勝目で、ツアー通算15勝目を飾った。
2日後に43歳になる。20ー21年シーズンの勝者としては最年長者。後輩たちが駆けつけたベテランの勝利の儀式は気を遣った。
サプライズでいきなり…という勇気はさすがに誰もない。
根回しがいる。
ツアー2勝のプロゴルファーで今季、谷原秀人のエースキャディをつとめる谷口拓也がまずお伺いを立てた。
「タニさん、OKだって!」と、ゴーサインを合図にいっせいに水シャワーを浴びせたのはいいが、「せめて常温にしてよ…」と、谷原は凍えていた。
キンキンに冷えたペットボトルは、寒風の御殿場ではちょっと刺激が強すぎた。
慌ててタオルと、上着を取りに行きながら、谷口がつぶやいた。
「相変わらずあの人は、どんな場面も動じない。本当にスゴイ人です」。
34回目の最終日最終組を、1差の単独首位で迎えた朝、荷造りしていて腰痛を発症。
「ぎっくり腰みたいな感じで、痛み止めを2錠飲んだけど効かない。下手すると今日クラブが振れないな」と、スタート前はこぼしていたのにコースでは、弱音も吐かずに勝ちきった。
「ずっといじってきて、最近、コーチにいいよ、と言われたのが20代の頃のイメージ。気持ちよく振ると、なぜか今まっすぐ行く」と、ショットがキレキレ。
「パッティングは安定していて、どうやっても上で戦える状態だった」と、2番から続けて6メートルのバーディを沈めた。
2週前に投入したかつてのエースパターは、18ー19年を戦った欧州ツアーでは芝質の違いから、「全然違うところに行っちゃう。イップスになりかけた」と、しばらく封印したが、久しぶりに握ると「やっぱり、日本はこのパターなのかな。それに気づいたからこの結果になった」。
2012年から平均パット1位を3年続けた好調が、よみがえった。
一時は4打リードで入った後半。14番の池ぽちゃボギーでついに金谷拓実に並ばれたが、「金谷は最後に絶対来ると思っていた」と、平然としていた。
「優勝できてもできなくても、いまこの位置でやれていることが嬉しい。これを味わうためにプロゴルファーをやっている」と、シビれる展開も、むしろ喜び1打リードで入った最後のパー5は「絶対に決めてやる」と、奥から6メートルのバーディ締め。
ラインに乗った瞬間「勝った」と、確信のガッツポーズを作った。
「畏れいりました!」と、誰より感服したのがキャディの谷口だった。
「今季は何度もチャンスがあって、それでもなかなか勝てずにいたけれど。諦めずに勝ちきったのは本当に凄い」。
2日後の誕生日も合わせてお祝いした。
徳島県出身の谷口と、広島県出身の谷原との出会いは中学時代の中四国の試合。谷原がひとつ上だが家族ぐるみで意気投合し、交流は東北福祉大を出て、プロ入り後も続いた。
ツアー2勝の谷口が、スポットで谷原のバッグを担ぐようになり、欧州ツアーからいったん戻った今季、初のフルタッグ。
隣で谷口が、いつも谷原に驚嘆するのが「枯れない向上心とチャレンジ精神。ヨーロッパも、あんなに辛い辛いと言っていたのにコロナが収まったらまた行きたいと言っている。この人は本当に懲りない」。
昔から悩んでいる後輩や、困っている若手の世話を焼く。
2週前にホストプロで挑んだ「ISPS HANDA ガツーンと飛ばせ ツアートーナメント」は自分も7位タイで悔しいのに、5打差から大逆転負けした大学後輩の植竹勇太の肩を抱き、「ショット、パットも悪くない。余裕があったら勝てていた」と励まし、この日は1差で封じた金谷にも、「今日はずっと左に曲げるミス。もう少し修正が効いたんじゃないか?」と、終わってからもしきりに気にかけていた。
旧知の谷口は言う。
「若い子は、みんなもっと谷原さんに聞きにいったほうがいい。絶対、良いヒントをくれるから」と、祝福の輪に戻っていった。
若い選手の水しぶきでびしょ濡れの谷原は、「若手にこういう姿とか、そこは特に考えていない」と、言った。
「僕の同い年くらいが刺激になると思っています。みんなもがいて頑張ってるけど、谷原もやれるなら、って気持ちになってくれたら」と、願う。
「20代も30代も40代も、一緒にレベルアップしていければきっとツアーも活気づく。そういうところを、目指している」。
むやみな一人勝ちをよしとしないからこの選手は慕われる。