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日本オープンゴルフ選手権競技 1999

中嶋常幸、雅生・親子は、明暗をわけた

1990年、同コースで行われた本大会で優勝している中嶋常幸は、通算20オーバー(94 位)で予選通過ならず。
「自分のゴルフ自体にガマンできないときは、日本オープンのようなタフなコースでのプレーは苦痛でしかない。ひたすらつらいラウンドだった。

 グリーンの仕上がりは、想像していたよりも速く、全日空(オープン=札幌ゴルフ倶楽部・輪厚コース)と比べものにならないくらい、ラフの成長がよかったんだね」。

 肩を落してコースをあとにした。

一方、中嶋の息子・雅生(まさお)君は、通算13オーバー、57位タイ。カットラインぎりぎりで予選通過を果した。

「納得できる部分もあったし、できない部分もあった。18番と1番ホールで、連続バーディを取れたのは嬉しかったですね。

 スタートするまえ、けっこう風が吹いていたんで、きょうは我慢だなと思ってスタートしていきました。

 海(石狩湾)が近くにあるときの風は、重くて、ショットに影響を受けやすいんです。スタートするまえにいつも、しっかりと風をチェックしていきます。

 …でもやっぱり、納得いかないところのほうが多いかな。

 中でも、2番ホールと8番ホールが一番納得いかないですね。両方とも6番アイアンでティショットしたんですけど、8番なんか、第2打を右ラフに出してアプローチして、のぼりのピンまで5メートルを3パットですよ。

 いまのレベルではベストアマ取れないかな…。でも、予選とおったら、ベストアマは狙っていくつもりでやらないと」

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