Tournament article
NST新潟オープンゴルフ選手権競技 2000
広島県出身の岡茂洋雄
通算8アンダー、2位タイにつけた岡茂洋雄は、広島県出身。同郷で同じ所属先(チヤス)の河村雅之、堀川昌利が歴代優勝者(98年、96年)に名を連ねている。「広島と新潟って、なんかあるんですかね。『じゃあ僕も…』とちょっとその気になっているんです(笑)」
決勝ラウンドを絶好の位置で迎え、初Vへ色気を見せた。
出だしの1番、2番で連続ボギー。次の3番でもラフからの第2打をグリーン奥に打ちこみ、4メートルのパーパットを残した。「ボギーも覚悟した」がこれをきっちり沈め、ピンチを切り抜けたことで、悪い流れを断ち切った。
「このパーが、今日のポイント。3連続ボギーにしていたら、後はボロボロに崩れてたと思う」
続く4番、5番で連続バーディを奪って取り返すと、「今大会ではじめてまわる」というフォレストゴルフクラブを、大胆に攻めていった。
ティショットでスプーンを持ったのは、グリーン手前に池さらに池の奥に左右からバンカーがせり出す7番パー4だけ。
あとは、「今日は完璧だった」ドライバーで、「ちょっとくらいフェアウェーをはずしても構わない」と大らかに、あがり3ホールで連続バーディを奪うなどスコアを伸ばした。
4月のつるやオープンで初日2位に立つも、「舞いあがって」最終日に77を叩き61位に。「これまでの僕はいっつもそうだった。最初は良くても、結局ドベ(最下位)に落っこちてばかり。それを繰り返すうち、だんだん落ちついてきましたね」
残り決勝2日。「“広島県人は新潟に強い”との暗示をかけて頑張ります」と笑った。
★ 岡茂洋雄(おかもひろお)
3年前まではサラリーマン。ブリヂストンスポーツ中国・広島支社の施設用品関連課で主任として働きながら、もっぱらアマチュアゴルファーとして活動していた。
ツアープレーヤーを目指すきっかけになったのは、29歳のとき。アマチュアで出場した97年のブリヂストンオープン、1打差で予選落ちしたものの「オレもこの世界でやっていける」と直感した岡茂は、その3ヶ月後に辞表を書いた。翌年挑戦したPGAのプロテストに一発合格。同年はツアーの予選会に失敗して出番がなかったが、今季はファイナルQTで7位に入り前期はほぼフル参戦した。
目下の悩みは、「すぐに痩せること」。もともと痩身が、夏場はさらに深刻で「この夏もすでに3キロ減った」とスタミナ不足を懸念する。