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日本オープンゴルフ選手権競技 2011

佐藤信人は単独3位でシード復活も見えてきた

強く照りつける西陽の中で、佐藤はそっと目を閉じ大きく息を吸った。最終18番。左のラフからピン手前2.5メートルにつけたバーディパット。これを決めれば、裵相文(ベサンムン)と久保谷健一とのプレーオフに進める。プレッシャーが、ピークを迎える場面。佐藤はもう一度目を閉じた。
気持ちを落ち着かせるように、今度は小さく息を吐く。そしてカッと見開いた目で、カップを見据えた。真っ直ぐと読み切った。

「・・・それがあんなにフックするとは」。

3年ぶりのシード復活と9年ぶりのツアー通算10勝目をかけて、迎えた3年半ぶりの最終日最終組だった。もちろん、覚悟はしていたとはいえ「今日は一段も二段も緊張が違っていて。朝から手の動きが普通じゃない」。

長年、わずらってきたイップスに、この日もその気配に怯えながらのラウンドは、バーディチャンスが決まらない。それどころか、最初にあった2打のリードも前半で使い果たした。折り返して10番で、左の林の中からラフを渡り歩いてダブルボギーを打った。一時は4人が首位に並ぶ混戦に、自ら足をつっこんだ。

動揺からショットも乱れ、「最後はもう、クラブ振って、パター当てて。ただそれだけ」。極度のプレッシャーに、3日目までのパットの冴えはなかった。「1日中ビビってた。それで、最後も右にキレたのかな」。

悔しがったがそれでも、かつては賞金王争いも経験しながら、いまはツアーの出場権すら持たない41歳は、本当に久しぶりの優勝争いには、込み上げてくるものもあった。

ホールアウトして、報道陣の前で溢れ出る涙を隠しきれなかったのは、負けた悔しさからではない。
地元・千葉県出身。家族や友人、知人ばかりかこの日駆けつけた1万4872人の大ギャラリーは、「声援が本当にすごくて」。プロ19年目を迎えた今も、真面目で律儀な男はそのひとつひとつに、必ず手を振って応えて歩いた。
その一部始終を見ていた関係者は「佐藤くんは今日はギャラリーに向かって100万回くらい、頭を下げていた」と証言した。

そうしないではいられないほど、佐藤は感謝の気持ちで一杯だった。「有り難かった。これがツアーの良さだな、と」。
戦う勇気をくれた地元ファンに、復活Vで報いることは出来なかったが、大一番で「耐えてチャンスのあるところにいられたのは良かった」という充実感もある。どん底から這い上がり、表舞台に戻って来られたという喜びを、感じないではいられなかった。

今季3戦目は、一次予選から勝ち上がり、繰り上げ出場で滑り込んだこのゴルファー日本一決定戦。単独3位の賞金1540万円は、そっくりそのまま今季の獲得賞金に当たる。このたった1試合で、3年ぶりのシード権も奪い返そうかという一発逆転劇だった。

今大会が始まるまでは、「第2の人生を、どうしようか」とまで思い詰めていた男は「こういうのって改めて、突然来るんだな、と。今は頭が真っ白で今後の予定もまだ決められない」。どんな試練にも諦めなかったご褒美にも、今はただ、戸惑うばかりだった。

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