記事
関西オープンゴルフ選手権競技 2010
プロ19年目の39歳、野仲茂がツアー初優勝
ぎこちないガッツポーズで歓声に応え、初日から4日間とも同組で戦った谷口拓也と健闘の握手を交わし、同級生の細川和彦の抱擁を受けて、そのまま引き上げようとして、キャディに声をかけられた。
「ボールはいいんですか?」。
カップに残してきたままだった。慌てて引き返し、拾い上げたはいいが、記念のボールを取っておこうなどと思う間もなくつい、乞われるまま群衆の中へほうり込んでいた。
「何も考えていなかった。下さい、と言われてつい反射的に投げてしまった」。
思いがけず訪れた歓喜の瞬間は、まったくのノープラン。「技術的にも精神的にも、自分は一生、優勝に縁のない選手だろう、と思っていたから。それよりも、細く長くの活躍が目標でしたから」と、戸惑いを隠せない。
昨年は、プロ同期で練習仲間の五十嵐雄二が40歳にして、ツアー初優勝を飾った。そして10月には、鈴木が5年ぶりの8勝目を飾り、今年になって、先輩の真板潔がシニアツアーで初優勝をあげた。
仲間の活躍は、確かに励みではあったが「僕はみんなと違って落ちこぼれだから」と、どこか他人事だった。
前夜、食事の席でプレッシャーをかけまいと、あまりその話題には触れようとしなかった鈴木にも、たった一言だけ「チャンスだよ」と言われたが、それでもピンと来なかった。
しかも最終日は相変わらず、うだるような暑さにプレッシャーがかかる余裕もない。1打差の首位で出たかたわらの谷口がズルズルとスコアを落としたが、「他の組で、伸ばしている人がいるかもしれない」。
3番で、下の段から10メートルの長いバーディパット。7番で5メートルを決め、9番は2メートルのバーディで、一時は5打差をつけたが気だけは緩めず、これまでのゴルフ人生をなぞるように、一歩一歩着実に、謙虚に頂点までの道を歩んだ。
「僕には優勝の経験がない」という懸念から、16番で5メートルのパーパットを拾い、17番で上りは8メートルのスライスラインを沈めても、まだ「何が起きるか分からない」と、安心出来ない。
最終18番は、3打目でグリーンを捉えてようやく安堵した。奧からのパーパットをうっかり外して頭をかいた。プロ19年目にしてようやく掴んだ栄冠も、チャンピオンは最後まで控えめだった。
「19年は長くない。むしろ僕には早すぎです」。
すぐに実感など持てるはずもなく、どこか上の空で応えていた優勝インタビューも、家族の話題に及んだ瞬間に、たちまち涙がこみ上げた。
サンバイザーでとっさに顔を隠しても、真っ赤に染まった目はごまかせない。
「すみません。家族にはとても苦労をかけたので・・・・・・」。
特に、稼げない時代も貯金を崩し、遠征費に充ててくれた妻には感謝してもし足りない。前夜、妻は電話で「子供たちと応援に行こうか」と言ってくれた。
だが「暑いよ。せっかく来て負けたら暑さが倍増する。家で速報を見てて」と、断った。
3年ぶりのシード復帰元年の今季は、これまで予選通過が3試合しかなく、今週もまた、予選落ち覚悟で神奈川県は、横浜の自宅から京都までマイカーで来た。
次週、福岡の「VanaH杯KBCオーガスタ」は翌月曜日の11時から、練習ラウンドの予約を入れてある。今からまた高速を飛ばし、とんぼ返りのスケジュールも今回ばかりはなんとしても、いったん家に帰る。
連戦のあと、たまに自宅に戻るとクラスメイトに「昨日、パパが帰ってきてくれたんだ」と、妙な自慢をするという2人の子供たちに、直に喜びを伝えるために。
そして、何より3つ年上の陽子夫人に。
「きっと、いつもどおり、お互いあまり多くは語らないと思いますけど、これからも苦労はかけるよ、と」。
とめどなく流れる汗と涙を、ポロシャツの右袖でゴシゴシとこすった。