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ANAオープンゴルフトーナメント 2012
藤田寛之が今季3勝目
「目の前の1打を一生懸命やっていたら、優勝が転がりこんできた」との第一声が、20年のプロ人生と重なった。
最終日は終盤に4人が並ぶ大混戦だった。特に同じ最終組の金亨成(キムヒョンソン)は手強く、並んで迎えた18番では「プレーオフも仕方ない」と、覚悟した。
奥から下り傾斜の10メートルのバーディトライも、「4メートルもカップの外に打って行く」。あまりのプレッシャーに、3パットの懸念もよぎって手が震えた。
30センチもないウィニングパットも、なぜか専属キャディの梅原敦さんを呼び寄せて、「本当にこれを入れたら優勝か?」。めまぐるしく変わる順位にさすがのベテランも混乱していた。「そんなことを第三者に聞くなんて。初めてですよ」と、笑った。
「でもあのときのジャンボさんは、2打目を打った時点で勝利を確信したと言っていた」。そう思い返すにつけても「自分はまだまだ。あの域には達していない」と、改めてその存在の大きさに思いを馳せつつ、「10年で“藤田寛之”も成長したなと感じられる40回の記念大会になりました」。
コンビを組んで14年になる梅原さん。「藤田さんは、10年前のこの大会から強くなりました」。あの日も首位で並んで迎えた17番だった。ジャンボはティショットを左の木の根元に打ち込んだ。藤田はフェアウェーをとらえた。あのとき確か、梅原さんは藤田にこう伝えた。
「7割の確率で、越えられるでしょう」。藤田はグリーン手前の林越えに賭けた。しかしボールは見るも無残に林に消えた。ジャンボに大会7勝目と、最年長Vを譲った。
「10年前は負けました。でも」と、梅原さんは振り返る。「それまでの藤田さんは、あそこで狙うような選手ではなかった。あのときジャンボさんに挑んで負けたことで、藤田さんは変わったんです。あれからどんどんと、藤田さんは強くなっていきました」。
43歳にして、今やツアーを引っ張る牽引役だ。そのきっかけが、10年前のこの大会だった。そしてまたあの17番で、奇しくもティショットが当時とほとんど変わらぬ場所に落ちたとき、梅原さんは藤田に迷わずこう言った。
「あの林を越えるためにこの10年間、頑張ってきたんじゃないんですか?」。
それでも「俺は絶対に狙わない」と、頑として言い続けた。そんな藤田に梅原さんは、「刻んで勝ってもきっとジャンボさんは喜びません」。
2人でそんなやりとりをして、たどり着いた。2打地点まで来て、藤田の気が変わった。ピンまで273ヤードの第2打は「林を越えるにも、自分はフェード打ちで左足下がり。風が左からと苦しい状況ではあったが、刻む選択はない」と、スプーンを持った。
10年前より成長した針葉樹に、当時よりもさらに高い弾道が必要だった。「球をかなり上げようとして、右に行ってしまった」と、ボールはグリーン横の林に飛び込んだが運良く木に当たって、バンカー横のラフに落ちた。
土がむき出しのライは「地味にナイスアプローチが出来た」と、持ち味を生かした見事な寄せで、2メートルのバーディチャンスにつけた。
「切れると分かっていて右に押し出した」とパーに終わって、けっきょく勝負は最終18番にもつれ込んだが金とはこの週、予選ラウンドでも一緒に回り、その変化を見逃さなかった。
「今日はプレースタイルが変わっている」と、藤田は感づいた。「明らかに、1打に凄く時間をかけるようになっていた。ヒョンソンは、きっと終盤にスコアを落とす」とのベテランの読みは当たった。
大会名物のスタンディングオベーション。「でもこの歓声は僕のものじゃない」とあのときは、帽子で顔を隠して上がった18番グリーン。ジャンボに背を向け梅原さんと、トボトボと引き上げた。思い出の輪厚(わっつ)で、「まさかこうして10年後に自分がね」。金を土壇場のボギーで退けて今度こそ、大観衆の拍手喝采を全身に浴びて感無量だ。
ちょうど20年前のデビュー当時は今大会の出場さえひと苦労だった。週の月曜日に行われる本戦切符をかけた予選会は「マンデートーナメント」からの挑戦にも失敗した。とにかく強くなりたくて、ひたすら練習を重ねた。「僕はコツコツやるしか取り柄がなくて。今もやっていることは、あのころから何も変わってはいない」。
毎月曜日には、トレーニングを欠かさない。プレー後には入念なケアも怠らない。40代を越えたら「厳しすぎても甘やかし過ぎてもいけない」。程よいバランスが、若さを保つ秘訣だ。身長168センチの体は、特に大きな怪我をしたこともなく「今も痛いところはどこもない」。まじめにコツコツと、積み重ねてきた努力がいま満開の花を咲かせている。
自身初の年間3勝をあげて、賞金ランクは1位に浮上。同世代の選手の多くが故障や不振にあえぐ中、今もトップを走り続ける。「一番の理由は、気持ちでしょう」。自身初の賞金王は、ジャンボ尾崎と、尾崎直道しかなしとげていない40代のキングも夢ではない。人もうらやむ状況にいながら、43歳のモチベーションは別にある。
「年末の世界ランクで50位内に入ること。そのためにも、これは大きな1勝です」。
梅原さんはこの日あの17番で、藤田にこうも言ったそうだ。「マスターズや全米オープンを目指しているというのなら、なおさら狙わなきゃいけないんじゃないですか」。記念の40回大会に、10年越しのリベンジを果したパー5の林越えは、世界の舞台を見据えた43歳の渾身の一打でもあった。