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武藤俊憲が「目指すは世界!!」
クラブハウスの向かって右手にある「HANA GOLF STUDIO(ハナ ゴルフ スタジオ)」のドアをたたいた。室内の打撃練習場と、トレーニングジムがある。また近くには、小野市市営の運動公園があり、芝生の上を自由に走り回れる環境にある。
軽くウォーミングアップをして、さっそく広場に場所を移した。運動公園で、最初のスクワットを始めた頃には、まだ笑顔さえこぼれていた。ジュニアや、プロの卵たちにも軽口をたたく余裕もあった。
しかし、パーソナルトレーナーの西村徹さんに、これでもかとメニューを与えられ、若い子たちと一緒になってそこら中を駆け回るうちに、「無理、もう無理・・・!!」と、まさかのギブアップだ。
午前中の最後のメニューに当たる13本ダッシュの頃には、完全について行かれなくなっていた。1周、2周・・・とだんだん遅れはじめて次第にみんなの背中が遠ざかっていく。いったい何周遅れか分からなくなったころに、とうとう休憩時間になってしまった。
それでもなお集団の中に、武藤の姿だけが見えない。
遠く向こうの芝生の上で、座り込んでいた。
「“ムッチープロ”がヘタってる〜!」。
ジュニアたちに笑われても立ち上がる気力もなく、「プロ〜! ドリンクの時間ですよ」と“給水”のお誘いにも、地面に這いつくばったまま。「ごめん、俺の水持ってきて・・・」と、情けない声を出すしかなかった。
無理もない。この日3連休の最終日はすでに、この“トレーニング合宿”は3日目に当たる“最終日”でもあった。だがつい一昨日まで師匠の谷口徹と恒例の宮崎キャンプを張り、またその翌日の10日・日曜日は、幼稚園の音楽鑑賞会で、愛娘2人の名演奏に目を細めたばかり。家族サービスもぬかりなく済ませてきた武藤はこの日がトレーニングの参加初日で、ようやくみんなが筋肉痛にも慣れてきたころに、やっと合流したばかりだったのだ。
普段から鍛えているとはいえ、これだけ集中して体を動かすのは数日ぶり。
しかも、「もうすぐ俺も35歳。最近は、歳を感じることが多くて」と、あれだけ走り回ってもまだまだ元気一杯のジュニアたちをうらめしそうに見ながら、つい愚痴もこぼれた。
午後から武藤だけ、再びスタジオに戻って代表トレーナーの山田太平さんに、個別指導を受けるころにはもうヘトヘトだった。
この日、武藤とともに、トレーニングで汗を流したのは地元ジュニアや大学生と、武藤を含めたプロ4人。
同ゴルフスタジオの主宰で、テクニカルコーチの花ヶ崎光広さんは、かつて星野英正の2勝をアシストしたこともある。当時、プロキャディとして活躍していたのは「いつか自分でトレーニング施設を開くという夢があったから」。
トーナメント会場で勉強と研究を重ねてきた花ヶ崎さんの念願がかなったのは4年前。
ゴルフレッスンだけでなく、実践に欠かせない体作りやケアなど、トータルで選手を育成する体制を取っているのがこのスタジオの大きな特徴だ。今回の合宿も、午前中は外で目一杯に体を動かしたあと、午後はトレーニングの重要性を理論的に説いた内容の講義を行うなど、指導が行き届いている。トレーニング中も、常時6人のトレーナーが目を光らせ、生徒たちが誤った体の動かし方をしていないか、怪我をしている選手はいないか、監視体制も万全だ。
そんな花ヶ崎さんの指導方法に共感した武藤が今季からこのスタジオに通うようになって、花ヶ崎さんはひとつ大きな効果も期待している。「あこがれのトッププロに来ていただくことで、子供たちの夢もさらに大きく膨らみます」。
この日はより目的意識を高めるために、トレーニング前に一人一人みんなの前に出て、大きな声で今年の目標を発表した。ここの生徒で、大阪学院大3年の山本幸作さんは、「日本学生の優勝と、プロテストでのトップ合格」を掲げた。高い志があるだけに、武藤がトレーニングの合間などに欧米で史上初のW賞金王に輝いたルーク・ロナルドのはなしを始めたりすると、たちまち山本さんの目が輝く。
そして、未来のプロゴルファーたちのやる気にトッププロも自然と触発された。相乗効果だ。
武藤も山本さんたちの前で、打ち明けた。
「僕の今年の目標は、ミュアフィールドでのリベンジです!」。
昨年、3度目の挑戦を果たした全英オープンは、初日に6位につけてみごと予選通過を果たしたは良かったのだが、「4日間、戦うだけじゃだめなんです」。結局、72位タイに終わって、忸怩たる思いで帰国したものだ。
トップランカーたちを目の当たりにするにつけても「やっぱり世界は広い、と。日本で小さくまとまってちゃだめなんだ」と、改めて痛感したという武藤。「だから今年はより世界を意識して戦いたい。何度でもあの舞台に挑戦していきたいんです」。ひどい筋肉痛にも耐えて鍛錬を重ねるのはいつか世界最高峰で、頂点に立つことを目指しているからこそだ。