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永野竜太郎、母校に帰る(1月24日)【動画UP】
あの頃は今では想像もつかないぽっちゃり体型も、運動神経は抜群で、一輪車を器用に乗りこなし、クラブのサッカーも、地元伝統の相撲競技もそつなくこなした。数々のスポーツから、永野がゴルフを選んだのは祖父の孝之さんの影響だ。
牧場経営のかたわら、可愛い孫のためにと敷地の隅に芝生を植えて、大型のネットを張り、グリーンやバンカーなど本格的な練習施設を作ってくれたおかげで、めきめきと腕を上げた。やがて、名門の水城高校(茨城県)に進み、いったん地元を離れたのを機に、実家も熊本市内に拠点を移し、管理が行き届かなくなっていた私設の練習場を、ぜひ町の活性化にと一昨年前に寄贈の依頼を持ちかけられたとき、母親の益美さんは、「それは素晴らしいご恩返しになる」と思った。地元有志の方々に、「この町から“次の竜太郎”を発掘したい」と言われて、ますます乗り気になった。地元の方々の善意をお借りして、ネットや支柱や投光器など、自宅の設備をすべて移送して、昨年秋に完成したのが、「益城町津森みんなの広場」だ。
学校から歩いてもすぐ。サッカーやバスケットボールなど、他の様々な競技も楽しめる贅沢なゴルフ練習場は“つもりっ子(津森小の生徒)”なら誰でも自由に球を打つことが出来るがその際は、必ず保護者同伴であること。また、そもそもゴルフに馴染みのない子たちばかりで現状のままでは、永野家の本望でもあった地元ゴルフの普及にも、なかなか結びつかない。「今のままではルールも、マナーも学べないまま」(益美さん)。
そこでまずは“入門編”として、学校で初心者の子どもだけでも楽しめるスナッグゴルフのコーチングセットを併せて贈ることになった。1月24日に行われたその寄贈式では永野本人による講習会と、講演会を一度に盛り込む町の一大イベントとなった。
目に入れても痛くない。孫のいわば晴れ舞台。祖母の節子さんも駆けつけた。一昨年に煩った脳梗塞による車いす生活も、この日は春を思わせる陽気にも誘われて、「もう、なんだか涙が出そうです」と節子さん。小学生たちの前で熱弁をふるう孫の勇姿は今月15日に80歳の誕生日を迎えた「ばあちゃん」への何よりの贈りものにもなった。
まだ優勝こそないが、今年シード2年目。益城町が誇るプロゴルファーの登場にどよめいて、目を輝かせる子どもたち。北森光代・校長先生は驚いた。普段はめったに自分から口を開くことがないという、5年生の下田航大くん。講習会の締めに行われたプロとの直接対決で、自ら志願の手を挙げたばかりか、希望者多数のジャンケンにも勝ち残った。最初の2打は緊張のミスショットに劣勢ムードも、3打目はまるで別人の会心の当たり。先に永野が2打で上がるプレッシャーもはねのけて、4打目にみごと“カップイン”。最初にもらったハンディ2を生かしてプロとタイに持ち込こんで、「勝負強いな!」。
プロ直々に賞賛を浴びれば、ますます下田くんの舌も滑らかに「嬉しかった!!」。ひょんなきっかけが、子どもたちに劇的な成長をもたらすことがある。この日はその瞬間を、他にも次々と目の当たりにされた北森校長先生も、歓喜の涙が止まらない。
がぜんやる気になった。この母校出身のプロに出会うまでは、ゴルフなどまったく縁のなかった北森校長先生が、やにわに「今年は全国大会を目指す」と言い出した。あいにく、今年3月で定年退職も「ぜひスナッグゴルフの監督をやらせていただきたい!」。手を挙げるなり、他にもひそかにその座を狙っていた先生たちに目を剥かれて今後の“就任問題”は、はてさて、どうなることやら。
25歳にとっては、いわば原点。「ここには思い出が一杯につまっている」。永野は高校進学を機にいったん益城町を出たが機会あるごとに帰郷した。2008年のプロ転向直後は連戦の利便性を考えて、一度は都内に居を構えたが、2年もせずに舞い戻った。住めば都というけれど、ふるさとの魅力に変わる場所はどこにもない。2年前のオフにも同窓会がてらに集まった同級生と、サッカーに興じた校庭。今も片隅に横たわる子どもたちの一輪車は、身長181センチと立派に成長した青年にはもうすっかり小さくなってしまったが、今でも上手く乗りこなせる自信がある。
あのころとまったく変わらない校舎も何階のどこに何年何組の部屋があるか。今だにそらで言える。思い出の場所で開いた講習会でも、6年生と一緒に食べた給食でも、午後から「夢をあきらめない」と題した講演会のあとも、子どもたちに手を引っ張られ、腰にまとわりつかれて、もむくちゃにされ、「今日で一気にえらい人気者になった気分!」と、まんざらでもない。「夢を諦めないで、なんて今みんなに偉そうに講義している僕もまだ夢の途中」。高2のころから真剣に夢見たプロゴルファーにはなれたものの、「今年はまず優勝することが目標で、いつかは世界4大メジャーに出て優勝争いをして、あわよくば勝ちたい。その夢を実現出来るまで、僕も頑張る。壁にぶち当たっても諦めない」。この日の講義テーマも身をもって、子どもたちに示すことが出来れば最高だ。