ここは主催者ゆかりの地。この時期、南国土佐での恒例行事に白羽の矢が立ったのが、昨年末に土壇場の奇跡を起こした男。その恩返しに駆けつけたのは、平本穏(ひらもとやすき)。毎年11月に行われる「カシオワールドオープン」は、シード権争いの選手たちにとっては、その年の“最終戦”であり、来季の生活をかけた戦いからみごと“生還”した男。
「・・・高知のみなさんは、本当にあったかい人たちばっかりで。僕のことを凄く良いように言ってくださる。でも地元広島でいま、必ず言われるのは“ああ、あの片山選手に負けた平本選手ですね”と」。確かに、あのとき片山晋呉には敗れたが、自分との闘いには勝てたと思う。
その直前に、来季の出場優先順位をかけたQTサードで落っこちて、道を閉ざされ絶望の淵にいたところを救われた。開催直前に出場にこぎ着けた同大会で、優勝争いを繰り広げて3位タイにつけた。賞金ランクは68位につけて、2015年度の“第二シード”の枠に潜り込んだ。今季前半期の出場権をもぎ取った。どうにか首がつながった。
「いま、僕がこうしてここにいられるのは、本当にカシオさんのおかげです」。
昨年末にはこの感謝の気持ちを何か記念の形にしたいと、いただいた獲得賞金の一部で、同社の株を購入した。創業者の出生地でもあるここ南国土佐はこの日、20℃を超えるポカポカ陽気の空の下。校庭でシード選手から、いきなりそんな打ち明け話をされて、びっくり仰天の主催者のみなさん。「・・・これからいっそう、企業努力をしてまいります!」と、カシオ計算機株式会社の樫尾隆司・執行役員 コーポレートコミュニケーション統轄部長に、深々と頭を下げられ慌てふためく。
「とんでもない! みなさんから頂戴したお金で購入させていただいたのです・・・!!」。
精一杯の思いをこめて、この日17日は同社がもう14年も続けられて来られた社会貢献活動のお手伝いで報いた。
地元でのゴルフ普及のために毎年、主催者から小学校にスナッグゴルフのコーチングセットが贈られ、オフに行われるその寄贈式にはいつも、大会ゆかりのプロが子どもたちに指導をする。今年は平本がその役を仰せつかって、二つ返事で引き受けたのは良かったが、当日は泡食った。
前日16日はオフ合宿の合間をぬって、愛妻の愛実さんと、3歳になる長男、誉(しゅん)くんと金比羅山の温泉宿で家族サービス。「前の日に広島を出ておいて、本当に良かった」。それでなければ、待ちわびていた子どもたちを失望させるところだった。というのもこの日17日は朝から四国の高速道路が、濃霧のため通行止めに。高知まできゅうきょ、一般道をひた走り「本当なら1時間で来られる道が、3時間もかかってしまった。どうしようかと思ったけれど、本当に間に合って良かった」とはここでもさすが、“滑り込みの男”である。
息せき切って駆けつけた。満面笑顔で出迎えてくれた。南国市立岡豊(おこ)小学校のみんなは元気いっぱい!
ここは良いとこを見せようと、最初のデモンストレーションのティショットはしかし、なんと見事な大ダフリ。ゴルフのティアップに当たるランチパッドも見事に吹っ飛ばして、もしやお約束のウケ狙い!?
「ちゃいます、ちゃいます。大まじめのミスショット」と照れながら、平本にとっても初めてのスナッグゴルフは、お手伝いに駆けつけてくださった高知県プロゴルフ会の塩見靖プロに要所要所で個別にご指導いただいたら、さすがは今季のシード選手だ。すぐにコツを掴んで子どもたちを教える姿も、さっそく様に。
「みんなとキャッキャ、キャッキャ言いながら、今日は本当に楽しく過ごすことが出来ました」。これをきっかけに、ゴルフを好きになってくれたら。「そして、一人でも多く試合を見にきてくれたら」。
父親の富(とみ)さんの手ほどきを受けて、10歳からゴルフを始めた平本が、プロの道を進んだのもトーナメント観戦がきっかけだった。
「オヤジと広島オープンを観に行って、プロゴルファーって、なんて格好いいんだ、と」。全国各地で行われるトーナメントの影響力の大きさを、身にしみている一人として声を大にして言いたい。
「僕としては、一人でも多くの子どもたちに、トーナメントに足を運んでもらいたいのです」。
そして、一人でも多くの子たちにゴルフの奥深さを伝えたい。「それが僕らプロゴルファーの使命だと思うから」。昨年大会では本人にとっても思いがけないドラマチックな人生の大どんでん返しを演じたが、子どもたちに感じて欲しいのは結果そのものよりも、そこに至るまでの心の機微や、戦いに挑む際の心構えだ。
首位タイにつけた大会3日目に、平本が「人事を尽くして天命を待つ」とのことわざを選んで、自身の胸に強く言い聞かせたのは、「ゴルフでも何でも、ただ一生懸命にやればそれでいいってもんでもない。とにかく自分が出来ることをやって、ベストを尽くしたら後は運に任せるということ」。そんな心境で、運命の最終日に臨んだ。全力で目の前の1打に向き合うことが出来た。そこに運良く結果がついてきた、と平本は思っている。
自分の限界まで努力を重ねたら、あとの結果は神のみぞ知る。そんな境地に到達できるくらいに、目の前の課題に没頭してみること。「まだ4年生のみんなには、難しいかもしれないけれど」。言葉の本当の意味も、まだよく分からないかもしれないけれど、それでもトーナメントを通じて何かを感じてくれたら。
そんな数々の人生ドラマが繰り広げられている“現場”をぜひ、子どもたちにも見に来て欲しいと心から願っている。「11月にはぜひ、会場で会いましょう」と呼びかけた平本。今年はシード選手として、また“株主”として(?!)堂々と「Kochi黒潮カントリークラブ」に降り立つ。