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亡き父の思いとともに、リオへ。片山晋呉

片山も世界各国の代表候補と同様に、直前まで心は揺れていた。五輪の代表選考が決まる7月11日の世界ランキングが発表される間際まで態度を保留してきたが、亡き父が背中を押した。

感染症や治安の不安から、出場を反対する周囲の声が高まりつつあったとき、部屋の片付けをしていて見つけた。97年に、肝臓ガンで無くなった父・太平さんが、東京五輪で聖火ランナーをつとめた際の委嘱状だった。

2歳のときに片山にクラブを握らせてくれた父は当時、出身の東京で陸上選手として活躍されていたという。

53歳という若さで亡くなる間際まで、当時はまだ一銭も稼げずにいた息子の身を案じていたという太平さん。
112年ぶりに、ゴルフが正式種目に復活する目前に、時を超えて届いたそんな父親の若き日の思い出が、決め手となった。
すべての不安を払拭出来る、父からの何よりのゴーサインとなった。

43歳のオリンピアンは、メダル獲りとともに、「経験していろんなところで伝える。そういう役目もあると思う」と年下の池田と同様に、喜んで日の丸を背負うとともに、次の東京五輪へとつなげていく責任をひしひしと感じながら、旅立った。

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