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”オヤジ船長”船出する / 藤田寛之のあるオフの1日
「父さん、行くけど一緒に行くか?」。
昨年、ゴルフ以外に没頭できる趣味を求めて二級の小型船舶免許を取った。”船長”の出港に、息子2人も喜んでついてきた。
車で停泊港の浜名湖マリーナに向かう。
先月までは、さすがに波が高くてなかなか日和に恵まれなかったが3月初めのこの日は、ぽかぽか陽気。
釣り場を求めて沖に出た。
目当てはアジやサバの青物ほかあわよくば、タイやブリなど高級魚だ。
船べりで、親子3人並んで釣り糸を垂らした。
今年、プロ人生28年目。ツアー通算18勝。12年には賞金王の栄華も極めた。藤田寛之も、昨年50歳を迎えた。
「家族のことも顧みず、ゴルフばっかりしてきたオヤジです」。
シーズン中は言うまでもなく、毎オフも合宿や調整と家を空けない日はなかったが、新型ウィルスの感染拡大に見舞われた今年は、合間に予定されていたスポンサー関連のイベント等も次々と中止となり、例年よりは時間の自由が効く。
政府の一斉休校の要請とも重なり今春、高2に上がる長男と、小5になる次男も、共に長めの春休みに突入。
休校中も感染拡大を危惧した学校は、友達同士で集まることや、同伴なしの外出を原則、禁止されている。
父親と出かけるたまの海釣りは、子どもたちにとっても何よりの息抜きだ。
全国の親御さんが対応に苦慮されている中、ツアー転戦中は、ほとんど家族との触れ合いを持てないプロゴルファーにとっては、めったとない機会とも思うが「僕は…そんな美しいものではありません。ただ『お父さんは(釣りに)行きたいから行くけど来るか?』という…自分の都合だけという感じなので」と、福岡出身の九州男児は照れ笑いでごまかした。
昨年は、賞金ランク25位で実に4年ぶりにシーズン最終戦「ゴルフ日本シリーズJTカップ」の出場にやっとこ、こぎつけた。
レギュラーツアーのハードルを年々、感じるようになり「応援してくださる方々の中には『まだまだ頑張ってほしい』という人が8割。『そろそろシニアツアーで戦う藤田も見たい』という人が2割。日程が調整できるようなら、もちろんそちらのほうも考えたい」。
今年は”シニアデビュー”も視野に入れながら、「とにかく、ケガをしないように。応援してくださる方々の気持ちに応えるようなプレーを、1年でも長く続けられますように」と、祈る思いで開幕の時を待つ。
釣果はなかなか来ない。
釣り糸に、何の手ごたえも得られないまま2時間あまりが過ぎたころ。
「ダメだ…。戻ろう」。
一家を支える”オヤジ船長”の弱点は、極度の船酔い。
青い顔で舵を切り、沖合よりは波がおだやかな浜名湖のマリーナに無念の帰港。港付近で、子どもたちのために改めて釣りタイムをとった。
「沖に1時間半もいると酔ってしまって…。せっかく出てもすぐ帰ってきてしまう。今までで、一番釣れたので4匹。今日はダメそうですね。子どものころは平気で30匹とか釣っていたのになあ…」。
隣で、子どもたちが笑っている。
長男は、高校からゴルフ部で頑張っている。
子は親の背を見て育つ。
ベテランの勝負師が、ひととき父親の顔に戻って過ごす。
あるオフの穏やかな1日である。