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鈴木亨が語る43年のゴルフ人生は…

「黒板にチョークで字を書くなんて何年ぶりだろう。うまく書けるかな」緊張の面持ちで43年の人生年表を仕上げていく
“ゴルフ伝道の旅”に出かける直前。鈴木亨は、長男の貴之くんに、ひとつ相談を持ちかけた。兵庫県加東市の三草小学校で、スナッグゴルフの実技講習会のあと、給食を挟んで“2時限目”にあたる特別授業は講演会。自ら43年の人生を語る中で、「夢を持つことの意義」を子供たちに伝えることになっていた。

根が真面目な性格だから、考えすぎて煮詰まってしまった。
「何をどう話せばいいのか。混乱してきた」。
講演会に参加するのは4年生から6年生の生徒たちだ。
それで子供たちとも年齢が近い、中学1年生の貴之くんに助け船を出してみた。
鈴木の母校、愛工大明電高校の偉大な“後輩”を引き合いに出して聞いてみた。

「もし貴之の学校に、イチロー選手が来たらどんな話しをして欲しい?」。
「子供のころの話は出来れば聞きたくないなあ」と、貴之くんは言った。
ヒーローには格好良いままでいて欲しいからという。思い出話には、少なからず聞いてガッカリするような内容も含まれているような気がするから、と。

「なるほど」と納得しながらしかし、迷いが晴れるまでには至らなかった。たとえ名字は同じでも、「僕はイチローくんほど立派じゃないしねえ」と、苦笑した。

結局、心も決まらないまま教壇に立った。講義の冒頭に、ツアー通算8勝目をあげた昨年のマイナビABCチャンピオンシップのVTRが流れた。貴之くんが、今でも繰り返し見ては「パパ、かっこいい」と、しみじみと言ってくれる優勝シーンは例外なく、子供たちの尊敬を一身に集めて授業は始まった。

社会人を対象にした講演会の経験はあったが、子供たち相手に語るのは初めてだ。
「どう言えばちゃんと伝わるのか」との最初の懸念はいつの間にか吹っ飛んで、45分の持ち時間も忘れて語り尽くしていた。
おずおずと授業の終了を知らせるスタッフの制止さえ振り切った。
「話したいことは、まだまだあるんだ」。

実際に、伝えたいことは山ほどあった。
9歳から本格的にクラブを握ったものの、躾の厳しい父にいつも怯えていた幼いころの自分。家計の事情から、初めてコースに出たのはそれから5年後の14歳のときだった。

人生最初のターニングポイントもこのころ。知人のプロに一度スイングを見てもらおう。それで見込みがないと判断されれば金輪際ゴルフは諦めろ、と父親に言われた。
あのとき、そのプロが「飛距離も出るし、続ければ面白くなりそうだ」と言ってくれなければ、いまごろ何をしていただろう。
日本アマを制して、ようやくプロ入りを決意した日大時代。
同期の川岸良兼に、抱き続けたひそかなライバル心。

89年に念願のプロ転向を果たしたものの、直後に味わった「空白の3年間」。鳴かず飛ばずの日々はゴルフ指導者の後藤修氏の師事で大がかりなスイング改造に踏み切ったためだった。
最初はろくに球も当たらず、不安にかられたこともあったが「いつか必ず来るスランプを、いま味わっていると思え」と言われて歯を食いしばった。くじけそうな気持ちを必死で奮い立たせた。

それらを乗り越えて、いまの自分がある。
「子供のころの夢を持ち続け、ゴルフだけでここまで来られたことは、本当に幸せだったと思う」。
今では、父にも感謝している。球拾いや球運び。重いリヤカーを引っ張り、一輪車で打席用の土砂を運んだ。父親が経営していた練習場の手伝いは、正直かなり辛かったが40歳を超えてなお、第一戦で活躍出来る体力はそのときに身についた。苦難にもくじけない精神が養われた。

熱弁をふるううちに、息子の貴之くんが難色を示していた過去の自分も弱点も、洗いざらいぶちまけていた。
「いつの間にか、言うつもりもないことまで喋ってた。あんなので、本当に良かったのかな…」と、本人はあとで不安そうに首をかしげたが、6年生の担任の神田英昭先生は「最高の授業でした」と感謝した。

くしくも同学年の今学期のテーマが「夢を持ち続ける」。
その課程で「一流のプロにさえ、挫折があることを知り、夢に近道はないことを、子供たちは痛感したと思います。夢を叶えるためのアプローチを、具体的にイメージ出来たはず」と、神田先生が言ったとおりだった。

将来の夢は「島田紳助さんのような司会業」と打ち明けた西山義人くんは、鈴木の講演会のあとで「そのためにはまず、お笑い芸人として人気を得ること」と、さらに一歩踏み込んだ。
「先生になることが夢」という矢代和寛くんは、「鈴木プロのように頑張って、もっと勉強しないといけません」と、思いを新たにした。

高瀬栄吾郎くんの夢は、「他に仕事を持ちながら、子供たちにサッカーを教えること」。
「自分がサッカー選手になりたいとは思わないの?」と、すかさず“鈴木先生”に聞かれて「そこまでは、自信がない」と、一度は答えた。
「冷静に自分を見つめる力があるんだね」と鈴木は感心したが、どこか達観したような物言いが、内心は少し気がかりだった。先はまだまだ長い。今はただ無邪気に夢を追いかけてみても、いいのではないか……。ひそかにそんな思いがよぎったものだ。

だが講義のあとの、高瀬くんの言葉を伝え聞いて嬉しくなった。高瀬くんは、「中学校に入ったらもう一度、本気で頑張ってみようかな」と、言ったのだ。卒業を間近に控えた子供たちには特に、何よりはなむけの講演会となった。

授業の最後のサイン会で、高瀬くんが両手を握りしめて言った。
「プロの試合、絶対に見に行きます」。
「そのときは、絶対に声をかけてね」。
男同士の約束が、連覇に賭ける思いに早くも拍車をかけた。
  • 初めの不安は次第に消え去り…
  • 予定時間を過ぎても語り尽くせぬ思い
  • 高瀬くん(左)と交わした男の約束! 卒業を控えた6年生にも、何よりの授業となった

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