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高山忠洋が全英オープンアジア予選最終日に7アンダーの猛チャージ(3月28日)

1番ティに飾られている全英オープンの優勝カップを前にティオフ
雷による約2時間の競技中断のあと、再開ホールは最終18番。グリーン左カラーからのアプローチ。ひとまずグリーン奥にキャディバッグを置いて、高山のそばに戻ってきたキャディのマサこと西原将之さんは、パターを持っていなかった。

高山がアプローチを打ったら、もう一度広いグリーンを横切って、再びバッグまで戻って取りに行かなければならない。
面倒が分かっていながら、西原さんはあえてそうした。
「・・・だって、そのままサンドウェッジで入れちゃうでしょ?」と、済まし顔。

西原さんの不可解な行動に、はじめ不思議そうな顔をしていた高山が、その心意気を汲み取って明るくうなずく。

「よし、絶対に直接入れるよ」と言って、入念にラインを読んだ。

その時点で通算5アンダーは、カットラインに1打足りない。
どうにか6アンダーで終わっておけば、チャンスも出てくるという場面。
西原さんの期待に答えて、一球入魂。

しかし、無情にもボールはカップを行き過ぎた。
目を閉じて、思わず天を見上げた高山の表情はしかし、どこか充実感に満ちていた。
前日初日は通算2オーバー。
「とにかく、行くしかない」という状況で、最終日に7アンダーの猛チャージ。
全英オープンの出場権にはいま一歩届かなかったが高山にとって、この日の65には大変な価値がある。

日本ツアーで通算2勝。シードは6年目を迎え「新人ころのような不便さも感じなくなって、どこか慣れきってしまった自分がいた」。

そんな生ぬるい空気から抜け出して、「もう一度、苦労を味わってみよう」とこのオフはアジアンツアーに挑戦。
2005年のアジア・ジャパン沖縄オープンの優勝で得たシード権で、見知らぬ世界に飛び込んだ。

4試合にエントリーしたが「予想どおり。忍耐の毎日」。
レストランですぐに食事が出てこないとか、シャトルバスが来ないとか。
海外では、そんな些細なことすらジワジワと堪える。

ある夜、食事から帰ってくるとホテルの部屋のドアが開かない。
キャディの西原さんは英語が話せるが、わざわざ起こすのも忍びない。
一人でフロントに行って、身振り手振りで鍵を変えてもらったがまた開かない。
結局、部屋に入るまで1時間も要した。
イライラが募っていった。

そんな心労が積み重なって、とうとう体調を崩したのは4戦目のマレーシアオープン。
胃が痛くて、立っていられなくなった。
きゅうきょキャンセルして一時帰国。
医者に駆け込むと、ストレス性の急性胃炎と診断された。

そんなハプニングもあって、結局いちども予選通過が果たせなかった。
それだけに、この日最終日の7アンダーが嬉しくてたまらなかった。

アジアンツアー転戦中は、練習ラウンドもいつもひとり。
言葉の壁にぶちあたり、精神的にも参っていたが今週は、久しぶりにたくさんの仲間と時間を共有できた。

朝、スタート前に川原希に「高山には負けない」と言われたことも、発奮材料になったと思う。
「そうやって、競い合える仲間がいることのありがたみを強く感じた」と、高山は言う。

これまでの、フラストレーションを解消する好スコア。
「こんなにたくさんバーディを取ったのも久しぶりだし、なんだか、今年はものすごく頑張れそうな気がしてきましたよ!」。

アジアンツアーでの4週間は「ものすごく貴重な経験」。
メジャー切符のかわりに、大きな手土産を持って帰国する。

全英オープンアジア予選のスコア速報はこちらよりご覧いただけます
  • 「このカップにいつか自分も名前を刻もう」そんな強い思いで最終日を戦った

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