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コカ・コーラ東海クラシック 2013
片山晋呉がツアー通算27勝目【インタビュー動画】
この瞬間を待ちわびていた地元名古屋のゴルフファン。「今日は、どえりゃーたくさんのファンのみなさんに、力をいただいたと思います」。リップサービスの名古屋弁で、おどけてなまりながらも声が震えた。「自分が、一番、待っていましたのでね」としみじみと、ほんの少し涙ぐむ。
「これが、新たなスタート。三好で勝てたというのは、最高の1ページ目になる」。
確かに、復活Vだがこれまでの26勝とは「全然違う」。新生シンゴの誕生は、まさに貫禄の逆転勝ちだった。予選ラウンドは、ビリから数えたほうが早い。「こんな勝ち方もあるんだ、と」。2日目は、49位タイで辛くも予選を突破していながら「ほとんどブービーみたいなところから勝った」と、そんな勝ち方も今までの片山にはありえなかった筋書きだ。
「また三好に跳ね返されたのかな」と、なかば諦めムードで出ていった3日目に、驚異の64で回ってやにわに生き返ると、この日の最終日はいきなりスタートからバーディ、イーグルで疾走した。
共にプレーオフに臨んだ星野と冨山は片山を慕い、どちらもオフは恒例の宮崎合宿で、切磋琢磨を重ねてきた良き仲間でもある。近頃は、後進の指導にも力を入れるようになり、聞かれたことには何でも懇切丁寧に応えてきた。導く者として、この上ない手本を示した。特に本戦の上がりホールは「普通、優勝争いでは、あそこには絶対に打たない」と片山自身でさえ振り返って身震いをするような、渾身の妙技を駆使して凌駕した。
同じ組の星野と激しい競り合いのさなかにあっても、17番の2打目は危険を承知で「それでもあそこに打たないと、バーディが獲れない」と残り140ヤードは、「わざと小さいのを持って、会心のショットでした」。9番アイアンで、あえて狭いエリアに打ってきた。右から2㍍のチャンスは最終ホールを前に、星野との差を一つにとどめていよいよ18番は、池のそばのピンをめがけて真っ直ぐに打ってきた。
サドンデスの1ホール目は、左右に散らばる2人を横目に、フェアウェイのど真ん中をとらえた。たゆまぬ鍛錬の成果で「昨年からまた10ヤードも伸びた」と、300ヤード超を記録した40歳のティショット。危なげないパーセーブで愛弟子たちを振り切った。
「スイングも、ゴルフも。ここ数年ですべてを見直してきて、あのころとは全然違う」。この週、初タッグを組んだ元・三好のハウスキャディの前田慶子さんにもこの4日間、何度も繰り返してきたことだが、「カンに頼るな、データを読み解け」。たとえば三好なら、どのルートから攻めればバーディ率が高いか。逆にミスをする確率が高いのは、どのルートか。マネージャーの金魚潤一郎さんとの共同作業で構築した緻密なデータを片手に、難コースと向き合い「平均スコアも今までとは、1日1ストロークずつも違う」と、胸を張る。
また今年から、再タッグを組んだ江連忠コーチ。目指したスイングは、フィル・ミケルソンだ。「アメリカでも長く上で戦っている選手は、みなフィルのように大きく、ゆったりと振って飛ばしている」。40代での賞金王獲りを視野に、新たなスイング作りにも精力的に取り組んできた。あのころとは雲泥の輝きを放って、再びここまで這い上がってきた。
燃え尽き症候群にかかったのは、2009年。マスターズで日本人最高位の4位につけて、「これ以上、自分は何をすればいいのか」。あれほどのゴルフおたくが目標を見失い、一時期はコースに来るのも嫌だと“出社拒否”寸前。解決の糸口を探ろうと尋ねたどんなセミナーも、どんな人の助言も胸に響かない。呆然とさまよう片山に、最後の救いの手をさしのべてくれたのが中嶋常幸だった。
「中嶋さんは、ゴルフが嫌になったことがありますか?」と、真剣な顔で尋ねる片山に、ツアー通算48勝の永久シード選手は言った。
「いいか、シンゴ。どんなに小さくてもいいから炭のままでいろ」。
今はつらくても、最後に燃え尽きる直前の炭のままで踏みとどまれるなら、またいつか、小さな火種に再び心を燃やせる時がくるから。でも完全に灰になってしまったら、本当にもう、煙を出すことすら出来なくなる。
あのとき、中嶋が言ってくれた言葉は本当だった。「燃え尽きないで、灰にならないでいて良かった」。
またこうして新たに夢を描くチャンスをもらえた。「中嶋さんの言葉がなければ、今ごろ灰になっていた。本当に感謝している」。
この優勝で、世界ランクの100位台も見えてきた。
区切りのツアー通算30勝まであと3勝。「ここからまた、面白いことがあると思う」と、がぜん気力も沸いてきた。精神的に、どん底まで落ちるきっかけにもなったオーガスタ。でも「支えてくれた人たちを、またマスターズに連れて行きたくなってきた」と、あの最高峰の舞台に焦がれる思いこそ、心技ともに完全復活を果たしたという証しだ。
40歳。通算113勝のジャンボ尾崎も、その半数以上が不惑の年を過ぎてから。ジャンボもスランプを、血の滲む思いで乗り越えたことで、さらに強くなった。真の王者はこれからが黄金期。
「久々に勝つと、やっぱり欲が出てくる」と片山もニヤリと「次は日本オープンだなっていう気持ちも、ますます出てきた」。直近の照準は今年、地元・茨城で行われる2週後の日本一決定戦。片山が、ここからまた第二の常勝時代を築いて歩く。