元ギャル男は本当に、ビビりでネガティブなのか。一見こわもての外見と、内面にギャップはあるのか。どちらが本当の彼なのか。考えたくなるみごとな勝ちっぷりだった。感動のVシーンだった。この日、激闘を繰り広げた18番グリーンで、勝者は二度崩れ落ちた。
入れれば優勝の1.5メートルのバーディパットを外した本戦の18番。
「あれは、欲が出た。早く楽になりたくて、腹をくくらず、入ってくれと。お願いしてしまった。緩んで押し出した」と苦痛にしゃがみ込み、体を丸めて悔しがった。
そして、プレーオフに臨んだ1ホール目。
迎えた4メートルのイーグルパットは「迷ったけど真っ直ぐに打った」。ラインに乗った。「スローモーションに感じた」。
ボールがカップに沈むと「力が抜けた。入ってくれた。これで終わった」。
再びグリーンにうずくまったのは、今度は安堵と喜びのため。
頭を抱えて涙をこぼした。
「夢を見ているのか。これは現実なのか」。
フラフラと立ち上がった勝者に握手を求めた敗者は、そのままその勝者の手を高々と天に突き上げさせた。「2人で盛り上げましたね」と笑顔の川村。
歴史に残る73ホールだった。
互いに一歩も譲らぬ大激闘を演じた2人を感動の拍手が包んだ。
陽が西の空に傾く時間になっても大勢の方が、帰らず見守ってくれた。
「僕なんかのために、ありがとうございました」。
プロ11年目の32歳が、25歳とのまれにみる好戦を制して、ツアー初優勝を飾った。
2打差の首位タイから出た最終日は「ドキドキして、見ていられなかった」と父・淳さん。スタートからハラハラさせた。
1番で「お先」のパーパットがカップ右からくるりと一周して一瞬、淵で止まった。
「あれが外れていたら・・・。今思っても、ぞっとする」(木下)。
そのあと、約3秒後に沈んだパーセーブがこのあと始まる死闘の序章だった。
「今日はずっと手が震えていた」。それでも、手は動いた。
「昔から、そういう時こそ上手く打てた」。
この日は一時、3差つけても終盤の川村の猛追は「尋常じゃなかった」。
後半、激しいマッチプレーの様相に「やられるかもしれない。どうしよう・・・。どうしようと思いながら、腹をくくった。やるしかない。思って打ったら上手くいった」と川村のイーグルで1差に詰められた直後の16番パー3ではティショットが入りかけ。
「今日のゴルフは神懸かっていた。ゾーンに入った。昔から、追い込まれてプレーに集中したときのゴルフは上手かった」とひそかな自覚はあった。
川村に揺さぶられ、粘られて、白熱のゴルフで本領発揮だ。
「自滅して負けたら“あいつメンタル弱いよな”って。言われたりするのはダサいですよね」。
自称ビビりが覚醒した瞬間。
「あの子はビビりじゃない」と、父・淳さん。
「石橋を叩いて渡る子。慎重だが攻撃ゴルフ。そうでないと、最後のイーグルも獲れていない」。理解ある父は「プロを目指す」と日大を中退した途端の息子の“金髪ロン毛”も「ギャル男? そうでもない。あれは、3ヶ月だけでした」と笑って受け止め「それも、偉い人に叱られすぐに黒に戻していた。それまでもゴルフ、ゴルフで頑張ってきた。マジメな子です」。
8歳で、通い始めた千葉県のゴルフスクール「北谷津ゴルフガーデン」で、一つ上の池田勇太に出会った。「生涯、敵わない相手と感じた」。いつも背中を追いかけてきた。
関東ジュニアや全日本パブリック選手権、06年の国体では池田らとともに、千葉県代表で優勝した。
いくつかアマタイトルを獲ってもずっと劣等感がぬぐえなかった。
07年にプロ転向してから7度のQT挑戦。「何度やってもダメで、ふて腐れてというのが長く続いた。心が折れそうだった」。
シードはなくともチャレンジトーナメント(現AbemaTVツアー)には出られた。
いつしか、それで満足していた自分に気づいて愕然とした。「それで胸を張ってプロと言えるか?」。
父親から大借金して「これでダメならやめる」と決めたのは、一昨年のファイナルQT。
「追い込まれて力を出すタイプ。分かっているけど追い込まれたくない。しんどいので・・・。逃げたい部分があるので」。
弱い自分ととことん向き合い、翌年に出場チャンスの多い35位内に入った。前だけを見たら、たちまち道が開かれ出した。
7月の「ISPSハンダマッチプレー」であれよと勝ち進んで、初シードに大躍進。
あのときつい、安堵の涙をこぼしてしまった木下に、準々決勝で当たった池田が言った。
「シードは単なる通過点。俺は、ひと回り大きくなっていく彼が見たい」。
苦節11年。池田がツアー通算20勝を挙げた今季、やっと1勝を飾れた。
現在、賞金3位の池田にはまだ届かなくてもこれで、木下も同9位に浮上。
「これでぐたっとなると、またダメだから」とさっそく掲げた目標は、次なる2勝目。
「まぐれでいいから勇太さんを抜いてみたい。最終日最終組で回ってみたい。5打くらい、ハンデがあれば勝てるかも」。
今週は、世界ゴルフ選手権で日本は留守だった池田。
「勇太くんも“おめでとう”って、きっとメールをくれるよ」と、お父さんも本当に嬉しそうだった。
優勝賞金3000万円は、父に利子つきの借金完済でもまだ余る。
「・・・やっと少し、僕も親孝行が出来たのかな」。
一見、こわもての元ギャル男が素顔をさらして今年、感動続きの初Vの流れにみごとに乗った。