1差から出たこの日は前半3つのバーディで、一気に5差まで広げて走ったが、「後半から辛くなってきた。自分が思うような打ち方や、スイングができなくなってきた」と、10番で今週最初のボギーを契機に14番では右奥バンカーから寄せきれずに連続ボギー。
ジワジワと差が詰まった。
左半身の故障から、復帰初戦の体にときおり雨交じりの重い風が堪えた。
気圧の関係か、頭の締め付けが辛くて、歩行中に時々サンバイザーを脱いで手に持ちながらのプレー。
最初のギャラリーの歓声も、徐々にトーンを落として「静かになってしまって。天気も悪いし、だんだん人も減って」。
自身も気落ちしがちな終盤に、恵みのバーディが来た。
17番パー5だ。
「アプローチをミスして、こぼれたところから、10メートルが入った」と、チップイン。
「残ってくれていたギャラリーのみなさんも凄く喜んでくださって。気持ちよかった。あのバーディに助けられた。神様もまだ微笑んでくれている」。
本来の調子とはほど遠いが、2位と3差で迎える最終日は偉大な記録越えにも挑戦する。
最多アンダー記録は大会7勝を誇るジャンボ尾崎が1994年に、2位と9差で到達した「20」。
当時、池田は9歳だった。
「テレビで見てました。ぜひ、それを破って優勝したい」。
ジャンボ越えまであと3つ。
残り1日、気力を絞って輪厚に潜む憧憬を追いかける。