絶好調のパットが、むしろ招いた悲劇ともいえる。
金谷拓実(かなや・たくみ)の座右の銘はボールにもプリントされた「JKG」。
アマ選抜のナショナルチーム時から世話になる、ジョーンズコーチの口癖「Just Keep Going=ジャストキープゴーイング」の略である。
あえて直訳するなら「そのまま行け」。
「僕自身、目標をもって突き進んでいきたい思いがある。プレッシャーがあっても開き直って突き進むしかない。そういう風に捉えています」と、2位に4差で迎えた最終ホールもそのまま行った。
左の刈り込みからパターで寄せたパーパットを、なぜかそのままそそくさと打とうとした金谷。
ほぼ優勝が決まった選手のパットはたいがい最後に残して他の選手が先に決め、勝者はあとから悠々とウィニングパットを沈めてお客さんをワっと沸かせる、という慣例のようなものがある。
でも確かに、パットの距離は3メートルもあったし、「どうせ外れるだろうなと」。
同組選手への配慮のつもりでもあった。
「片岡さんも細野くんも2メートルくらいで、片岡さんはそれを入れたら単独2位。けっこう大事なパットだったので、先に打たすのは申し訳ない」ととりあえず、カップに寄せておくつもりが「入っちゃいました・・・」。
あまりにあっさりとカップに消えたので、それはそれで凄いのだが、お客さんもあっけにとられて逆にシン・・・と、会場が一瞬、静まりかえった。
表彰式でゼネラルプロデューサーの戸張捷(とばり・しょう)氏にも「打たずに待っていてほしかった」と、咎められたVシーン。
「すみません・・・気をつけます」と、恐縮した。
それも含めて最終日は本当によく入れた。
11番の10メートルと、17番では20ヤードもあったバーディトライは、いずれもグリーンの外からパターで決めたもの。
アマで初出場した2020年から3年連続トップ10を続けてきた富士桜は今年、パー70の設定としては、史上最長の7424ヤードに加えて長く伸びたラフと、速いグリーンはまさに怪物。
「特に最後の5ホールが難しく、ほんとうに最後の最後まで気が抜けなかった。凄くタフで、疲れました」と、へとへと声と共に達成感がこぼれた。
15番に続いて16番もまた約4メートルのパーパットを沈めるなど、試練にもよく耐えた。
「よく自分に怒るんですけど、怒ると心拍数があがって、なにごとも早く動きがちになる。去年や、今年もそういうのがあって。最近は意識している」と、努めてきた平常心を制御できなかったのは、8月の日本プロ。
「全英オープンから帰ったばかりの疲れもあったし、北海道なのに暑くて。ずっといらいらしていた」と「75」の85位で出遅れた初日に金谷を叱ってくれたのは、キャディのライオネルさんだ。
「簡単なことを、自分で難しくしている」と咎められて2日目に19位に浮上。最後は2位タイで、その週賞金1位に立つことができた。
「そこからミスしても、そういうのを押さえながらプレーできていると思います」と、ここぞの集中力にも一段と凄みが増した。
今大会を含めてアマプロ通算5勝のうち、3勝が大学先輩の松山英樹も勝っている試合。
今年は7月の全英オープンで練習ラウンドを共にし、「アイアンの音が良くなっていると言われました」と、厳しい先輩からの高評価を喜ぶ。
「松山さんが勝っている試合はやはり勝ちたいですし、学生時代から本当にいろいろ教えてもらってきましたので。自分も聞かれたら後輩にはなんでも応えていきたい」とこの日、最終組で回ったのが先週頼まれて、一緒に練習ラウンドしたレフティの細野だった。
「今回は僕なんも教えてないんですけど・・・」と笑い、「でも何かを感じてくれたのなら嬉しい」と年下の成長も喜ぶ。
今季2勝目で、3大会ぶりに再び賞金1位に浮上した。
「賞金王を獲りたい。みんな上手なので、自分も負けないように頑張る」と、レースを意識しながら、休まず海外を転戦し続けた昨季を反省に、根はつめすぎない。
「出場したときに100%の力を発揮するために、自分には必要な時間」と暇があれば広島の実家に帰り、闘病中のお母さんの顔を見て安心し、好物の唐揚げを食べ、愛犬のトイプードル「チャッピー」「ハッピー」と戯れ、来る戦いの英気を養う。