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マイナビABCチャンピオンシップ 2009
鈴木亨が5年ぶりのツアー通算8勝目
「ずっと、みんなを待たせてきたから。みんな、よく気長に待ってくれたと思う」。
子供たちが物心ついてからは一度も優勝しておらず、「お父さんは、僕の前で勝ったことがない」とすねていた息子はしかし、「僕が見ているから、お父さんは勝てないのでは」と、内心では気に病んでいた。
そんな父親に気を遣わせまいと、内緒で朝一番の飛行機に乗って応援にかけつけた長男・貴之くんの姿をグリーンサイドに見つけて父は、ほんのちょっぴり涙ぐむ。
「平常心で戦ってほしいから。行くことは言わなかった」という妻の京子さんもまた、アイドルグループ「℃―ute」の長女・愛理さんが、仕事でなかなか会えない父にと前日は夜中1時までかかって作ったという手製のお守りと、激励の手紙を胸にたずさえ、夫には内緒で早朝の新幹線に飛び乗った。
40歳を越えてからの初勝利は、そんな家族の愛に応えたツアー通算8勝目だ。ツアーきってのマイホームパパは、「涙が出ちゃう……。僕は本当に幸せもの」と、目尻を下げた。
最終日は5打差の首位スタートにも最後まで、余裕など持てなかった。「勝って当たり前。プロとして、絶対に勝たなきゃいけない差」とむしろ、大量リードが足かせに。さらに「これで逃げ切れなかったら、勝利は今後もほど遠い」とそこまで思いつめたのは、これまでのプロ21年で、いくつもの苦い記憶があったから。
2001年のよみうりオープンは目の前で、福沢義光に10メートルのイーグルを決められた。もつれこんだプレーオフはOBを打ってあっさりと負けた。
3打差の首位でスタートしながら、片山晋呉に逆転負けを喫したのは2003の日本プロ。
そしてもっとも屈辱だったのが、2日目に7打差の首位に立ちながら、佐々木久行に敗れた95年の日本プロ。
今でも思う。「あのときに、日本タイトルを獲れていればと」。あとに長く引きずるたちで、当時も「かなり長いこと参っていた」と、プロゴルファーの京子さんにも心配をかけたものだ。
この日も同組の藤田寛之と石川遼が、スタートで揃ってボギーを打っても余裕など持てなかった。5番、7番で短いチャンスを外して伸び悩み、途中のスコアボードでドキリとした。兼本貴司が66の大爆発。3打差まで詰め寄られ、「余計なことを」と、つい心で毒づいた。
「格好良くなくてもいい。とにかく勝たなきゃ」と自らにムチを入れ、15番から渾身のスパート。2メートルを決めて、ようやく「ちょこっと落ち着いた」。
さらに16番パー3で、ピンそばの連続バーディで突き放して「これでダボ、ダボでも勝てる」と、初めて勝利を確信できた。
近ごろの若手選手の台頭に「こっちはどんどん年を取る間に、遼くんみたいな若い子がどんどん出てくる。居場所がない」と、肩身の狭い思いをした時期もある。
しかし、その石川の「タイガーなど一流選手は体が回転し終わった後にボールが飛び出てくる」とのコメントに開眼。また大リーグの松井秀喜さんや、イチローさんは「ヘッドが返らないで打つ感覚のときに、バッティングの調子が良い」という解説をたまたま目にして、分野の違うスポーツも大いに参考にした。
「自分もそういうイメージで打ったら、良いドローが打てるようになってきた」。
18歳に感化され「若いころのスイングを、思い出した」。
そしてこの日は石川との直接対決で、ホストプロの連覇を封じてしみじみ思う。「その中で勝てたことは、これからのゴルフ人生の励みになる」。
何より、今年の賞金シード保持者の中で最長の16年連続シードが43歳のプライドだ。
「ゴルフが大好きっていうことが一番。挫折感もあるけれど、またやりたいと思える」。
5年ぶりの勝利に「勝つっていい。やっぱり、この味が忘れられない」と、再び勇気もわいてきた。
「厚かましいかもしれないんだけれど…」と照れ笑いで、「まだまだ遼くんたちと、ちょこっと戦いたい。若い子に、まだまだかなわないとは思わない。歳は取ってもまだまだ負けない。これからも、ツアーを引っ張っていく」。
若々しい声は激しい雨音にも負けず、息子の耳にもしっかり届いた。「お父さんかっこいい……!」。そんな父親を貴之くんが、頼もしそうに見つめていた。