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三菱ダイヤモンドカップゴルフ 2009
兼本貴司は大洗での初優勝に「勘違いしてしまってもいいですか?」
優勝インタビューで「僕、勘違いしてしまってもいいですか?」と、大ギャラリーにまじめに問いかけて笑わせた。
確かに、本人も認めるように、デビュー当時はショットが安定せずに、ボールが左右に散らばる選手だった。おまけに、パットは早くから長尺パターを握ったことからも分かるように、軽いイップスの症状も見られた。
デビューから6年目の99年に初シード入りを果たしたが、最初の3年間は、いつも“シード権争い”の常連だった。
そして2006年にはいよいよシード落ち。
原因は分かっていた。「精神的な弱さと、球が曲がること」。
中嶋常幸に教えを請うたのも、この直後だ。
毎年、オフは一緒に汗を流し、フェードボールを教え込まれ、年々着実に成果を上げて、この冬は「仕上がりが早すぎる。一度ペースを落とせ」と、中嶋に言われたほどだった。
昨年末に、視力回復手術を受けたことも大きい。以前は、0.5弱の裸眼のままプレーしていたが、手術後は「3時間で人生が変わった」という。
ツアーきっての飛ばし屋も、以前はせっかくの自分の飛距離も落下地点すら確認できなかったが、今では視界良好。
グリーンの形状もくっきりと「立体的」に見えるようになり、パッティングにも自信が出てきた。
加えて今週は、練習場で同じ長尺を持つ尾崎健夫にアドバイスをもらって絶好調。
最終日は同じ最終組で回った中嶋をうならせたほど、パットがよく決まっていた。
プレー中は、手も震えんばかりの緊張感と、武者震いを繰り返し交互に味わっていた。
「良い緊張感と、凄い重圧と。あとは何でか知らないけれど、自分のショットを見て鳥肌が立っていた」。
プレッシャーの中でも、思い通りのゴルフが出来ている自分。
勘違いではない。
勝つべくして勝った。
大洗で激戦を制したことが、何よりの証だ。
中嶋にも「今日の兼本には勢いがあった」と、言わしめた。
「17年かあ……。長いねえ。何をやってたんですかね」と、本人は呆れたように笑いつつ、「これまでよくやってきたよね、辛抱して」と、しみじみとつぶやいたその言葉にこの17年間の、努力の積み重ねが透けて見えた。