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東建ホームメイトカップ 2014
丸山大輔が単独首位浮上
丸山にとっては、なおさら厳しい1日だった。難条件に加えてドライバーが絶不調。ティショットが安定せずに、10番と14番では「思い出したくもない」。ひどい「テンプラ」は、実測200ヤードも飛んでいなかったのではないか。
「スプーンのほうが、飛んでいたかも」。そんな屈辱の中でも、長くアジアンツアーで戦ってきた経験値。同じ最終組で回った大堀も羨望の眼差しで、「丸山さんは、マネジメントが素晴らしかった」。
本人も「耐える展開は自分に向いてる。我慢していれば、対応できる」と、粘りに粘って、大混戦も頭ひとつ抜け出した。
丸山にとっては正真正銘のツアー開幕戦だ。初戦のインドネシアPGA選手権を回避したのは1月に右足小指の付け根を骨折したから。
20日に参加したプロアマコンペで、帰りにゴルフ場の駐車場を小走りしていて段差を踏み違えてしまった。「ちょっと急いでいて・・・」と恥ずかしそうに、小林正則の結婚式も、車いすで参加。
「3ヶ月間は歩くことも出来ず、映画とテレビばかり見ていた」。
ようやく、クラブを握れたのは3月に入ってから。12日からタイでキャンプを張り、11ラウンド回ったが「それもカートで」。
初めて自分の足で18ホールを歩ききったのは、つい先日の地元・千葉オープンだった。
いつもは、ジムにも嫌々出かける。しかし、ベッドで見たテニスのクルム伊達公子さんのドキュメントで、43歳の今も「トレーニングをつらいと思ったことは一度もない」というのを聞いて発奮。松葉杖を外してからの1ヶ月は、死ぬ気でリハビリに取り組んできたが、まだまだ元通りとはいかずに長く使っていなかった右足の筋力はやせ細ってしまった。
「打ち上げのショットやバンカーでは、まだ踏ん張れない」と、この日も向かい風の中で「押さえきれなかった」と、ドライバーの不振もその後遺症のひとつだが、この開幕戦も、「ダメ元で来たので。自分がいまこの位置にいるのが信じられない」。
それだけに気負うこともなく、「なぜか冷静に出来ている」とは、まさにケガの功名だ。
今週の月曜日には、リハビリをかねて滞在先の金山(名古屋)から熱田神宮まで片道2キロのランニング。傷が痛んで、復路は歩いて帰ったが、「必勝祈願はしっかりしてきましたので」と神社参りはぬかりなく、「出来ればこのまま逃げ切りたい」と、手負いのベテランはしたたかに笑った。