大会ポスターにも顔が載った。
昨年大会は、九州朝日放送(KBC)の部長さんにご厚意で、キャディバッグを担いでもらって13位に。
初出場のプロの試合は、2015年の今大会。
福岡第一高3年時の「九州アマ」で、当時東北福祉大の比嘉一貴を抑えて優勝した実力をかわれての推薦出場だった。
大会の地元福岡県の大野城市出身。
「ジュニア時代からずっと期待をしていただいて、凄くよくしてくださっている。ご厚意を、ぜひ成績で返したい」。
主催者も全力推しの古川雄大(ふるかわ・ゆうき)がケガからの復帰4戦目で恩返しの結果を求める。
今年は今週のスポンサーさんだけでなく、本当にたくさんの方々にご心配をおかけした。
左足首の靱帯損傷で、戦線離脱したのは5月の「ミズノオープン」。
こちらもまた、「全英オープン」の出場がかかった契約メーカー主催の大事な大会。
「不注意で本当に申し訳ないことをした」と、今も反省している。
当初は、翌週にもすぐ復帰するつもりだったが、直後は立って歩くこともできないなど、症状は思った以上に重かった。
松葉杖を借りて3週間余。
選手会主催試合「JAPAN PLAYERS CHAMPIONSHIP(ジャパンプレーヤーズチャンピオンシップ) by サトウ食品」で復帰したが、まだ万全ではなく2日目に棄権した。
ツアーの日程が丸々空いた7月に完治につとめ、8月に完全復帰。
傾斜地の強いコースをプレーした後などはまだ違和感は残るが、スイングへの影響はほぼなくなった。
ケガの原因は転倒だった。
「運動神経じゃないけれど。躓いた時にとっさにパッと反応できなかった」と、休む間も改善のトレーニングにつとめ、今季序盤に不振の要因となったパットの向上にも注力。
復帰2戦目の「日本プロ」では長く試合を空けてしまった焦りから、最終日の11番ホールで+4の大叩きをした。
同組で回っていた同じ福岡の大先輩、小田孔明にあとから「あれは無謀な攻め。自分をコントロールして冷静に」と、注意された言葉を今も噛みしめる。
「確かに、今までチャンスが来たって時に、回りが見えなくなることが多かったと思う。そういう時こそいかに1打に集中し、平常心で自分をコントロールできるか。先輩方にもたくさんアドバイスをいただけたり、ケガのおかげでいろいろを見直しができて、精神面でもいい方向に行っている」と、不運も力に変える。
開幕前日のプロアマ戦はあいにくの大雨で、9ホールに短縮されたが、ジュニア時代から経験を重ねてきたコースで「アイアンの精度やマネジメントを再現する力に成長を感じる」と、手応えを持って本戦に挑める。
初日は、8時25分に10番からスタート。
「優勝するポテンシャルはあると、自分を信じてやりたい」と、思いを高めてティに立つ。
試合を空けている間も、心配したファンからSNSにたくさんメッセージが届いた。
「たくさんのみなさんに励ましをいただいて、本当にありがたかった」と、感謝し「ぜひ上位争いをしてみなさんに安心してもらえたら」。
結果が何よりの返信になる。