Tournament article
マイナビABCチャンピオンシップゴルフトーナメント 2013
選手会長が今季初V
「こんなに痺れたのは初めてだったので」。福田央さんに抱かれて泣いていた。「キャディや、マネージャーやトレーナーやおふくろ・・・。近くで調子の悪い自分を見ていた周りの人間。一番、ホッとしているのはあいつら」。周囲の心労にも報いたと思えばなおさら、泣けてくる。涙を隠そうと、満員のギャラリーに背中を向けて、マイボトルの飲料を飲んで心を落ち着かせようとしてみたりもしたけど止まらない。
とめどなく溢れる涙。「今年はもう勝てないと思っていたので」。重責を背負い、勝つことの難しさにもがき苦しみ抜いて、ようやく掴んだツアー通算11勝目だ。
「しかもここで勝てるなんて。奇跡だよね」と福田さん。「大嫌い、なんて言っちゃ本当に失礼なんですけれども」。本人も立場上、そんな表現は避けるべきだったが、ついそう口走ってしまいたくなるほどに苦手なコースだ。「でもこれで大好きになりました」と、涙声の前言撤回で主催者を喜ばせたが1打差の2位タイから出た最終日も生きた心地などしなかった。
ABC名物の高速グリーンは、まさに薄氷のV争い。「でも今日は、おかげで少し遅くなった」と朝から恵みの雨も不安と恐怖で胸一杯には変わりない。スタート時にはかぶっていたはずのキャップ。「スポンサーには誠に申し訳なかったけれども脱がせてもらった」。この日は1日中、曇天模様に加えてぼんやりと霧も立ちこめ終始、夕方のような薄暗さに「自分はグリーンが暗く見えると強く打ってしまうので」。打ち過ぎを防ぐために出来るだけ視界を広く取る苦肉の策も、ラウンド中は百面相を見ているみたい。笑ったかと思えば、しかめ面をしたり、安堵に息を吐いたかと思えば、口を尖らせてみたりとめまぐるしく、特に後半はホにしぶとく食らいつかれて息も絶え絶え。
17番はバンカーからの3打目で思わず吠えた。「ちゃんとならそうよ!」。大きな声を、テレビのマイクがしっかり拾った。今年1月に選手会長に就任してからというもの、試合中のバンカーならしの徹底は改善事項のひとつとして、池田が呼びかけてきたことの一つでもある。
この一大事にも、それで泣かされようとは。足跡がうっすらと残ったライから脱出に失敗して、思わず空に向かって振りかざしたクラブ。しかしその右腕を怒りにまかせて振り下ろすことなく踏みとどまれたのは、選手会長の自覚にほかならない。怒りを堪えてボギーにとどめても、1打リードで迎えた18番でまだ試練は続く。2打目が池に沈んだ。打ち直して奥から5㍍のパーパットも震えながら打った。
今年は何度、後悔したか知れない。前代未聞の立候補で選手会長に就いたのは良かったが、その重責は池田の想像を超えていた。今の経済状況の中では、試合を増やすと言葉では簡単でもそれがどれほど困難か。
分かっていて手を挙げたのは「難しくてもいま何かしらのアクションを起こしていかないと、男子ツアーのお先は真っ暗なんだよ!」。
初めは良かった威勢も「新たなイベント一つにしても、まず自分が提案して、企画をして、根回しをして、そのための段取りやら人選やら何やら。誰かの作ったレールにただ乗っかるんじゃない」。率先してゼロから何かを作り上げていくことの手間や気苦労は、もともと一から十まですべて自分でやらなきゃ気が済まない性格が拍車をかけて、自らの背中に重くのしかかった。
就任前は、昭和の香りたっぷりのダブルのスーツがトレードマーク。「でもその格好で社長さんに会いに行くわけにはいかない」と、新調したシングルスーツは十着以上。主催者や関係者からお声がかかればビシっと決めて、すぐに駆けつけ折衝を重ねた。
「俺は、相談しやすいのか、『今のままで男子ツアーはいいのか』とかいうのがじゃんじゃん来て。線を引いてぽーんと返すのは簡単だけど。これ以上試合を減らしてどうするの」。ツアーの将来を思って“本業”に費やす時間を削るかわりに震災復興イベントや、主催者の接待回りのための移動時間は今まで以上に増えて背中を痛めた。思うようにクラブさえ振れない時期もあって二足のわらじは困窮を極めた。超多忙な日々に「今年、俺は勝てないとは、俺だけではなく、周りの誰しもが思っていたことだと思う」。
しかし就任会見で言った。
「選手会長とプロゴルファー。両立できてこそ、一人前の選手会長であり、プロゴルファーであると思いますので」。会長としても、プロゴルファーとしても輝くことが俺の使命だ、とも。しかし、最初の覚悟も「折れていく気持ちがあった」。やらなければ良かったと、何度そう言いたくなったか知れない。
でも絶対に言わない。「やると言ったらやるのが俺の主義だから」。苦労は絶えないが、「言い訳にはしたくない」。だからこそ就任後の1勝が、早く欲しいと気が急くほどに、遠のいていく気がしてつらかった。選手会長としての道筋は、徐々に見え始めても「選手としては、真っ黒にくすんでしまったから。今日やっと半分、戻った感じ」と、本来の勝負強さが戻ってきたのは、本戦の18番でボギーパットを打つ直前だ。
ここにたどり着くまではあれほどの重圧も、自分のミスからプレーオフに持ち込まれて逆に腹が据わった。サドンデスのティショットはフェアウェイど真ん中に打てた。ホが右のバンカーからの脱出に失敗してレイアップもグリーンまで、4打かかったのを見て自分も刻むか逡巡していたディボット跡からの2打目も狙うと決めた。ピン手前に見事な2オンのバーディ締めに、プロゴルファー池田勇太もこれでようやく少し、輝きを取り戻すことが出来た。
「今年はあともう1勝もすれば、完全に元の綺麗な状態に戻るかな?」。いつもの勇太スマイルも戻ってきた。