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日本ゴルフツアー選手権 森ビルカップ Shishido Hills 2015

第二の故郷! 永野竜太郎が母校の声援を受けて

2009年のデビューから数えて、6度目の宍戸。「この3日間はゴルフの内容も、精神的にもすごく安定して出来ている」。2位タイで飛び出した初日から、「欲をかかない」と言い続けている。
“宍戸”と聞いただけで、アレルギー症状ではないけれど、「難しい、と思ってしまう」。初出場の09年から11年に1回空けて、出場4回連続の予選落ちも、昨年ようやくその壁を破っても、ただただ苦手意識しかなく、「だから僕にとってはメジャーとかではなく、いつものとおり、ひとつの試合って感じなんです」。
気負いのなさが、この日はボギーなしの67に表れた。2アンダーで、宍戸のバックナインに折り13番のパー3では、ひときわ大きな歓声があがった。「7番アイアンで、べたピンについたけど、凄い下りの早いフック。デリケートなラインだった」と、スーパーショットに浮かれもせず慎重に、淡々とバーディパットを沈めた。

18ホールのうち、もっとも難しい17番のパー4で、174ヤードの残りを7番アイアンで奥6メートルにつけた。下りのスライスをねじ込んだ。「宍戸のバックナインは、特に息つく間もない。いつも緊張するのに、今日も不思議と落ち着いてやれた」。
17番のバーディパットを沈めて背中に受けた声援。
「水城頑張れ!」。「行け、水城!」。
「・・・それを聞いて笑っちゃいました」と、27歳の童顔がほころぶ。
片山晋呉や宮本勝昌、横田真一らトッププロを輩出した名門・水城高校は、ここ地元・茨城県の水戸市にあり、永野も3年間を過ごした思い出の母校。校庭の鳥かごで、「よく練習したな、と」。
部活の練習中に飲み物を差し入れしてくれたり、アマの試合でお世話になった方々は、今もこの大会のたびに会場に来て、大きな声援を送ってくれる。
「今日も背中を押されて頑張れました」と感謝した。

6打差の3位タイから出る最終日。「追いかけて、追いつけるコースじゃないので。明日も自分は自分のプレーを淡々とやればいい」。ここまで自分を育ててくれた母校のゴルフ部は後継者不足から、来春に廃部が決まっているが、その前に大きく成長した姿で報いたい。
また、いま米ツアーで連覇をかけて戦う松山英樹は東北福祉大学の後輩。「あまりにも自分と舞台は違いすぎるけど。彼がレベルの高いところであれだけ頑張っているのは、少なからず刺激になる」。ここ宍戸から、海の向こうの後輩にも届けるような活躍を誓った。



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