これで通算5勝のうち3勝を支えた野村拓矢キャディも「稲森さんの涙を見たのは初めてです」と、驚いていた。
「自分も、まさか勝って泣くとは思わなかった」と、V後の談話で両手に顔をうずめてすすり泣きした本人が、一番びっくりした。
勝って泣いたどころか、一番直近でも一昨年末の美穂さんとの結婚式くらい。
「両親への手紙でギャン泣きして・・・」。
恥ずかしかったあれ以来というレアもの。
「きょうは・・・なんかフラッシュバックしました」と、本人さえ意外な涙のわけは、今年8月の新規大会「横浜ミナト Championship ~Fujiki Centennial~」でのこと。
初日から首位を走る完全Vを狙って出た最終日はゲリラ豪雨で、3時間22分の中断。
その間、「フライング気味にみんなにおめでとう、と言われて。やめてくれ、と」。
周囲の終戦ムードに、風呂を浴びたり、ストレッチしたり、手持ちぶさたの時間に体も硬直。
「お休みモードに入ってしまったものあった。集中力を切らせてしまった自分が悪い」と、再開後に伸ばせず5位。中島啓太(なかじま・けいた)に逆転負けした。
「あのときは、正直気が気じゃなかった。タラレバじゃないけど、中止になってくれたら良かったのかな、というのも結果的にはありました。でもそれを認めたら、プロとして終わってしまう」。
2打差の3位タイから出たこの日も、硬く誓ったのは「最後まで気持ちだけは切らさないように」。
日本一曲げないショットでフェアウェイをキープし、人より後ろから確実にグリーンをキャッチし、たとえ長いパットが残ってもチャンスをものにし、最終組の一つ前で今平とヨンハンの接戦に参戦。
7つのバーディを積んで迎えた本戦最後の18番で、きょう初ボギーを叩いて並んでどうなるか。
「この前みたいに集中力を切らしてはいけない。ヨンハンは、最後のパットも必ず決めてくる」と、最終組のプレーを待つ間も緊張感は保ち続けた。
前回プレーオフの記憶は、高校2年の時くらい。
「ツアーでは初めて」とドキドキしかけたとき「野村キャディが楽しみましょう、と。ほんと彼は僕の扱いに慣れている。親みたい」。
気が楽になった。
本戦で、2打目を右ラフに入れてボギーを叩いた反省から、いざ延長ホールの2打目は、あえて右手前のバンカーを狙ってくださいと、勧めてくれたのも野村キャディだ。
「距離のジャッジとか、番手もよくわかってる。頼もしいキャディさん」と、ありがたくてまた泣けた。
美穂さんに待望の妊娠がわかったのは5月。安定期まで用心と、夏場は自宅で留守を守ってもらったが、秋から帯同を再開してすぐ目の前で、今季1勝を見てもらえたのも嬉しい。
8季連続のフェアウェイキープ1位がかかる今季は、シーズン平均79.740%と脅威の数字で独走中だ。
極意は「ドライバーなんだけど、グリーンに向かって打つイメージです。時々のコンディションで落とすエリアを仮設します」と、狙ったところは外さない。
「・・・いや、外します。一緒に回る方からも、ラフ入れた瞬間、わあ珍しい、と言われたりしますけど。そんなレアじゃありませんよ、と」。
曲げない話しをこの人はいつもネタみたいに話すが、曲げないために重ねてきた血のにじむ努力のことは、あまり語られない。
「どんな状況でもぶれない軸、それに耐えうる体。フェアウェイキープにも体力は要るんです。そのために、稲森さんはものすごくトレーニングをされていますよ」と、渡辺研太トレーナー。
「平均80%越えてくれたら万々歳」(稲森)と、誰も成したことがないレアな偉業を掲げるのもそんな日々に裏打ちされてこそ。
最終日のスタートで、地元のスナッグキッズと手をつないで入場した時に聞かれた。
「ポケモンカード何枚持っていますか?」。
「2000枚」と、即答して羨望を受けた。
集め方は慎ましく「地道に1枚ずつ。パックを明ける時が好き」と奥さまの手前、倹約な夫を演出したが、本音はボックス買いが夢。
「オフにはカードゲームの大会にも挑戦してみたいなと思っています」。
それまでに、できるだけ多くのレアものを集めておきたい。