Tournament article
ブリヂストンオープンゴルフトーナメント 2006
横尾要が少年野球時代の監督と懐かしい再会。
当時、野球を指導してくれていた、佐々木守さんと森田進さんとの懐かしい再会である。
横尾は照れくさそうにしながらも、しかし、がっちりと握手を交わした。
そして持ち寄った当時の写真や文集、卒業アルバムを並べて思い出話に花が咲いた。
佐々木さんはその頃の横尾を、「三拍子揃っていて手が長く、横から投げるいいピッチャーだった」と振り返る。6年生のときには優勝も経験しており、横尾への印象はとても深い。
野球に熱中していた横尾がゴルフを始めたきっかけは、小学校4年生の1月。1983年のハワイアンオープンで、青木功が奇跡のイーグルで劇的な逆転優勝をしたシーンを、早朝にテレビで見て子供ながらに大きな衝撃を受けた。
横尾は当時、「興奮冷めやらぬまま登校した」思い出があるという。
青木のスーパーショットを見て以来、野球と並行してゴルフにも夢中になり、半分に曲げた面子を、折れた釣竿の先にテープでぐるぐる巻きにした、手作りのクラブを作り、校庭でゴルフボールを打って遊んでいたそうだ。
野球に熱中し、ゴルフにも興味を持ち始めた5年生のとき、「高いところからいろんな方法で飛び降りる遊び」の途中、右手から着地した際に、横尾はひじを骨折してしまった。6年生に向けてピッチャーとして作り上げる大事な時期だったために、監督たちは非常に残念がった。
「落ち着きのない子」。これが横尾の小学生時代を語るに相応しい表現で、通知表にはいつもこの言葉が書かれていたという。「体育が得意で勉強が苦手」。活発な少年の代表格であった。
そんな横尾は当時の骨折を、「何でもやりたがりの時」とその頃のやんちゃぶりを明るく振り返る。
このような少年時代を過ごした横尾は、6年生の卒業文集にはしっかりとした文字で、「プロゴルファーになりたい」と記している。
21年ぶりの母校訪問で、なつかしい校舎で、なつかしい人たちと再会した横尾は、改めて当時の「夢」を再確認し、あの時の新鮮な気持に戻り、秋のトーナメントに挑んでいく。