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長嶋茂雄 INVITATIONAL セガサミーカップゴルフトーナメント 2009

井戸木鴻樹が首位キープ

2005年にかかったパッティングのイップスが、まだ完治していない井戸木にとって、ティショットでフェアウェーを捉えることは、「1メートルのパットよりも、うんと易しい」。

自称「ツアーいち飛ばないプロ」も、そのかわりにショットの正確性はピカいちだ。
フェアウェーキープ率1位は2002年から2年、2005年からは3年連続の計5回受賞。

年末に、各部門別の1位を表彰するジャパンゴルフツアー表彰式の壇上で「曲げない秘訣」について聞かれるたびに、井戸木はこう繰り返したものだ。

「あえて、曲げて打つんですよ」。

生粋のフェードヒッターは、はなから左サイドを狙って意識的に球を曲げ、フェアウェーの真ん中をキープする。
「真っ直ぐ打とうとするから狭く感じて怖いんです」と説く。
「でも最初から、曲げて狙ったらフェアウェーも広々と使えるでしょう?」と、こともなげに言う。

球を自在に打ち分ける職人技は、時に本人も「曲げすぎた!」と、ヒヤっとすることもある。
「・・・ところがですよ。僕は飛ばないがために、どんなに曲げても結局はフェアウェーに残っているという作戦」と、カラカラと笑う。

この日もやっぱり、ラフに入れたのは2ホールだけ。
しかし、それでも本人にとっては「多い」というくらいだ。
そんな井戸木にとって、「短いクラブでピンを狙える」パー5はキーになる。
しっかりと刻み、得意の距離を残してチャンスを作る。
飛ばし屋の宮本勝昌とのこの日3日目の同組ラウンドも、最後までブレないマネジメントで圧倒した。

宮本は、そんな47歳をして、「凄くかっこ良かったです」と、賛辞を送った。
若手の台頭著しい環境の中、いぶし銀のゴルフでひときわ輝くベテランの姿は、「明日も頑張って欲しい」と、思わずエールを送りたくなってしまうほどの戦いぶりだったと宮本は言う。

1982年から28年のプロ人生は、怪我との戦いの日々でもあった。
左手首の「手根管症候群(しゅこんかんしょうこうぐん)」は、もう20年以上のつきあいだし、2007年には肋骨を骨折。
2008年はテレビ収録で訪れたマレーシアで、ランニング中に凹みに足を取られて激しく転倒した。足の甲を4カ所も骨折し、約1ヶ月のリハビリのあと、ようやく歩けたときには嬉しくて「涙が出た」と振り返る。

そんな不運も重なって、今もツアーの出場権を手放したままだが、それでも「あと5年はしがみついていたい」という井戸木にとって、願ってもない好機到来だ。

勝てば、15年と11ヶ月と24日。日数にすると5837日ぶりのツアー通算3勝目となる。
前回の優勝は当時32歳、1993年のNST新潟オープンだった。4打差首位につけた3日目は「ここで勝たんといつ勝つの」と、関西弁で豪語したものだが今回の3打差首位は「あってないようなもの」と、殊勝なコメントに終始した。

「今は、あんな強気なことよう言わないです。予選通っただけでも上出来なのにね。明日も、ボギーのないゴルフを目指します。バーディは、おまけという気持ちで行きます」と、笑った。

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