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マイナビABCチャンピオンシップゴルフトーナメント 2011
丸山茂樹が2位浮上
飛ばし屋の2人。「今の若手は、ドライバーで打って、次は5番アイアンだとか言ってる。俺は5番アイアンで必死で刻んでいるのにだよ」。
パー5は、「乗る気がいっさいしない。昔から、そうだけど」。爆弾を抱えたいまならなおさらだ。
それでも「今日は、苦しいパーを拾って、外しても寄せて。チャンスはきちんと取って。自分らしいゴルフが出来たと思う」と、この日は5つのバーディもさることながら、2打目は左のベアグランドから打つピンチも、5メートルを拾った6番。
また続く7番でも、左に曲げたティショットがはねて出てきたラッキーを生かし切れずに10メートルのパーパットは、「真横90度に構えた」。ほとんどカップにお尻を向けて打つような、超難度のフックラインをしのいで胸を張る。
この月曜日は24日に収録したテレビ番組で、立山光広に「そんな若手みたいにスタンス広げてどうすんだよ」と言われた。その言葉でこれまでより20センチほど狭めて構えると、効果はてきめん。
「体のキレが良くなって、右に体重が残る悪いクセがなくなった。大きなミスというミスもない」。
米ツアー3勝の雄に確かな手応えが戻ってきた。
2月。今年はプロ20周年を迎えて「良い年にしたい」と、いつになく念を入れたトレーニングで体は完全に仕上がっていた。息抜きに、長男・奨王くんと米ロスの自宅でバスケットに興じてふくらはぎの筋肉を断裂。
それでも医者の制止を振り切って、かばいながら試合に出続けたら、腰に臀部と“後遺症”は至るところに広がった。
予選落ち6回、棄権は7度。9月はほとんど試合に出られず、今年42歳は確かに「後厄の真っ最中」と、本人には諦めもついたが、「僕のせいだ」と、落ち込む息子の姿には、胸が痛んだ。
あらゆる手を尽くした治療の甲斐あって、7位タイと久々に好発進の前日初日は、父親からの国際電話に喜ぶ声が、何よりも嬉しかった。アメリカとの時差を指折り数えつつ、「今日もギリギリまで、スコアを見てくれていると思う」。ネットにかじりついているであろう息子の笑顔も励みに、「厄払いというよりも、来年の丸山につながる何かを見付けたい」。
久しぶりの優勝争いこそ、愛息への何よりのメッセージとなる。