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ツアーきっての練習しないプロが快挙を達成
1973年のツアー制度施行後から数えて11人目となる記録である。ツアー通算51勝の青木功(9億8065万2048円、ランク12位)をも抜いたが、そこは敬意を払って「青木さんとは時代が違うし」。
一学年上の谷口徹は、すでに現在16億円余。「谷口さんには“お前まだやったんか”と。“俺は相当昔でもう忘れたよ”と、言われましたよ」と、こんなときでもひょうひょうと笑った。
※生涯獲得賞金ランキング
手嶋がホールアウトしてから、5分もコースにはいないとは、ただの噂ではない。
手嶋に用があるなら上がってすぐにつかまえろ、とは関係者の間では、もはや常識である。
プレーを終えるやトートバッグとパターを持って、ロッカールームから出てくると、いつもそのまま玄関に直行する。
そのわずか数歩の時間が、手嶋と接触できる数少ないチャンスである。
練習場で悩むかわりに早々にホテルに引き上げ、夕食まで数時間の昼寝をする習慣は、今も変えない。
ツアーきっての練習しないプロの毎オフの常套句は「今年もほとんどゴルフをしなかった」。
そんな手嶋が当時プロ20年目の危機を迎えたのは2013年だった。
2017年現在、シード選手の中で最長の21年連続のシード権の大記録も、危うく途切れていたところだった。
賞金ランクは70位でかろうじて難は逃れても、その年は原因不明の体重7キロ減。飛距離も落ちて、体力の限界すら感じていた。
さすがの窮地にひそかに第一線を退く覚悟もしながらそれでも手嶋は頑として、コーチもトレーナーもつけず、他人に頼ることもせず、不振の時すら練習量を増やすこともなかった。
誰がいつ聞いても、どんなに疑いの目を向けられても「練習も、トレーニングもしていない」と、繰り返すばかりの手嶋が、やがてスルリと復活を果たす。
7年ぶりのツアー通算7勝目で、50歳のシニア入りまで安泰の5年シードを手にしたのは2014年の日本プロ。
さらに翌15年にはミズノオープンで、大会史上29年ぶりのホストVまでやってのけ、スポンサーを喜ばせてみせるのだ。
小気味よいほどブレない精神力で、今なお着々とキャリアを重ねていくさまは、かえってプロの凄みを感じさせる。
苦境の時すら信じた我が道を行くベテランは、それでもただひとつ「シード権が危うかった時期は、(生涯獲得賞金)10億円を目指して頑張ろうと思っていた」と、このたび晴れて到達した大記録がひそかに当時のモチベーションになっていたことを打ち明けた。
今季は、7試合に出場して東建ホームメイトカップの8位が最高。「トップ10入りがもう少し欲しい。(10億円は)新たな区切りなので、もう一回ここから頑張りたい」。そう話した日も、手嶋の帰り支度は一瞬だった。