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山下和宏はあっという間のサイン会に・・・
いつもなら、延々と続く子供たちの長い行列。そのあまりの多さに内心、悲鳴を上げる選手も少なくない。
しかし、給食のあとで時間を設けた今回は、15分もしないうちに終わってしまった。
「あっという間でしたね」と山下が、拍子抜けしたのも無理はない。
今回の訪問先の京都・宇治市立笠取小学校は、全学年を合わせても生徒数は23人。
学区を超えて入校を認めるいわゆる“越境入学”を導入し、パワーポイントなどを使った本格的なパソコンや乗馬教室、一輪車乗りなど、個性的なカリキュラムを組み込むことでカラーを打ち出し、廃校の危機を乗り越えてきた。
そんな同校にはサッカーや野球など、チームスポーツの編成は難しいがその分、個人種目なら取り入れやすいという利点がある。
コース近隣の京都国際カントリー倶楽部の協力を得て創部6年目を迎えたゴルフ部は、そんな背景もあって誕生した。
もっとも月1回の部活動に、参加を認められるのは5年生からだ。
だから“入門編”のスナッグゴルフも5、6年生には、けっこう手慣れたものだが、低学年の子供たちはほとんどが初めての体験で四苦八苦。
最初はそのたびに手取足取りの指導をつけていた山下だったが、それもだんだん必要なくなった。
「子供たちが、自主的にやってくれること。それが一番いいと思って」(山下)。
5、6年生を中心に、高学年の子たちがその役割を果たしていた。
見ていると、縦割りで4班に分かれた子供たちは、1人の低学年に対してチーム全員でその子の面倒を見ている。グリップやら立ち位置やらを全員で懇切丁寧に教え、寄ってたかってスイング指導する親切ぶりだ。
この面倒見の良さも、少人数制の小学校ならではと言えるだろう。
1年生の山本真大(まひろ)くんも例外なく、高学年のお兄さん、お姉さんたちに腕を引っ張られ、足をつかまれ・・・・・・。その様子を見ていた山下も、「まるでロボットだね!!」と腹を抱えて笑ったほどだ。
やんやの声にすっかり圧倒されて、最初はぎくしゃくとしていた山本くんのスイングはしかし、熱血指導の甲斐あって、次第にさまになってきた。
最後は柔らかな体をフルに生かしてナイスショットを連発した。
その様子に目を細めたのは、講習会を見学に訪れたおばあちゃんの敦子さん。
50歳からゴルフを始めたという敦子さんは、好きが高じて昨年の「アジアパシフィック パナソニックオープン」は、ボランティアとして大会に参加してくださった。
そのとき、記念にもらった大会のオリジナルキャップは孫に託した。この日も、真大くんの頭にちょこんと乗っかっていた。
「あの子にプロゴルファーになって欲しいかですって? とんでもない。いずれ一緒にラウンド出来るようになるくらいで十分です」と敦子さんは一笑に付したがこの日の真大くんの上達ぶりを見るにつけ、実現する日もそう遠くなさそうだ。
同校のスナッグゴルフの導入が、父兄や地元住民のみなさんにも新たな夢を運んできた。
これまでは、地元のお年寄りと子供が組んで取り入れていたグランドゴルフ。
「それを、スナッグゴルフに切り替えてみてもいいかなあと思っているんです」と、江口勝彦・校長先生は、新たな計画に胸を躍らせる。
6月に行われるスナッグゴルフの全国大会へのエントリーもまた、検討の余地は大ありだ。
そして、何よりもっと大きな希望も。
スナッグゴルフの実技講習会の直前に、江口先生は子供たちにとうとうと説かれた。
「ゴルフが上手になることよりも、もっと大切なことはマナーや礼儀を覚え、思いやりの気持ちを持ち、しんどいことも我慢をして、みんなで仲良く遊ぶこと。そしてゴルフを通して立派な人になることです」。
そういう意味でも、山下はまさにうってつけの“生きた教材”だった。ツアーでも礼儀正しさや人柄の良さで知られる山下との出会いや触れ合いは、「きっと子供たちの人生を大きく変える」と、江口先生は確信している。